2016年4月 1日 (金)

『 東大合格! 』

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 五十にして初めて赤門をくぐった。
 東大のだ。

 仕事を終えてから、一日に3時間の集中したカリキュラムで、鈍く、緩くなった脳みそを刺激した。
 三年越しの計画だった。

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 何の為に、
『政治を勉強して、県知事になる』なんて野心はない。

 しかし、みんな東大がイイ、東大がイイって言うけど、東大の何がイイって建物がイイ。
 キャンパス内の建築物の多くは歴史のありそうな、格式すら感じるような重厚感がある近代性用建築だ。
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 煉瓦ばりが多い。
 彼の安田講堂も然り。
 やはり存在感がある。
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 しかし、ヘルメットを被る者は新図書館建設に携わる工事業者さんだけだった。

 石積みの塀や欄干なども豊かな曲線を描いて、充分に惹き付けるモノがある。

 煉瓦の変わった組み方があった。
 外柱に垂直に貼るのではなく、垂直方向に45度傾けてギザギザになっていて、角もまた巧みにはまっている。
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 各校舎の入口がまた、いちいち凝っていて、レリーフかと見紛うばかりだが、よく見ると中にはレストランがあったりする。
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 自転車でキャンパス内を見て回る中国系観光客もいた。

 購買部には、東大グッヅが売られていた。
 学歴詐称にも使えるかな。
 いやいや、私は受験し、合格する為にここまでやってきたのだ。

 東大を目指すのか、ちょっと賢そうな小学生が、おじいさん、おばあさん、おかあさんと御土産を買っていた。
 『栞』って聞こえた。
 最近ではあまり聞かない御土産だと思った。
 少年よ、がんばれ!

 実は今年、この最高学府で若人に雑ざって試験を受けてみた。

 結果は、三分咲き。Photo
 来年は、五分咲きくらいは目指したいものだ。


             (了)
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2015年7月 1日 (水)

『 ある海の朝 』

 慣れない車中泊での睡眠に、普段より早めに目を覚ます。
 表に出て東の方を眺めてみると、海一面が靄で白く覆われていた。
 そこが海だと知るためには、波打ち際に近寄って足元を見るしか術がないほど厚くのしかかっていた。


 午前8時半頃、靄が少し淡くなってきたので、砂浜の弧に沿って、むこう岸の防波堤まで行ってみることにした。
釣り客でも冷やかすつもりでだ。


 砂を踏みながら、海で削られ丸くなった石やガラスや煉瓦、もちろん貝殻などを品評する。
『ビーチコーミング』という遊び。
砂浜を櫛がけするということか。
 なんてことのない石や流木や、廃物であるガラス瓶の欠片などが、角を削られることでなぜかいとおしい小物たちに様変わりする。

 時の移ろいを知る瞬間。

 浜にあげられた小型ボートのエンジンの上でトンビが羽を休めていた。
眼孔鋭く、静観の構え。
 海岸の動物といえば、猫とこのトンビだ。
 青い空を優雅に滑っているかと思えば、上から獲物めがけて急降下するなど、なかなか油断がならない。
 この日も後に、海面すれすれまで舞い降りては、群れていたイワシを鷲掴みし、再び飛翔する姿を見ることができた。

 ほどなく防波堤の付け根である船着き場に着く。
 朝靄に浮かぶ漁船が幾隻も堤防にもやいで結ばれていた。
 出番を待つというよりは、休息している感じ。

 中に一隻、岸から2メートル程離れたところに浮かぶ小舟がいた。
 漁を終えて道具を片付けている岸の漁師に、舟の上から賑やかな声が掛けられた。

 船上には陽に妬けた小さな老夫婦が白い歯を見せていた。

 岸にいた漁師と笑いを交えて二言三言話したかと思うと、モーターをブルブルと言わせ、舳先を面舵にきり、朝靄の中に消えていった。


 期待と不安を胸に……、なんてことはなく、 老いた漁師の夫婦にとっては、ある朝の一日が、ただ始まっただけなのかもしれない。


          (了)


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2014年8月22日 (金)

『 禁断の飲み物 』 -後編-

薄く麻っぽい生地のグレーのワンピースを着たおばあちゃん。

白地に紺色とクロームメッキの取っ手の冷蔵庫。
おそらく250L程度。

ネズミが走り回るお勝手に、ブリキ職人だったおじいさんが手作りしたステンレスの流し、トタンの換気口。
(レンジフードのようにコンロに被さっていた。)
荒神様の札が貼ってあった、油なのか茶色に染まった柱。

70センチ四方のコタツ机を囲む食卓。

夕げの匂い、煮物、カレーライス。

麦茶。(砂糖なし)

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口に入れた瞬間、40年前の味が甦ってきた。

そうそう、これこれ。

しかし、直接麦を煮ていないからか、なんか味が足りない。
いや、もちろん味なのだけれど、なにかが違う。

部屋の明るさや匂いが違う。
僕の年齢も違えば、身長も随分と大きくなった。
早く言えばオジサンになっている。
まぁ、何もかも違う。

多くの経験をし、沢山のモノを手にしているのに、それほどモノがなかった当時の味が感じられない。


あの頃の方が、モノが無い代わりに、有り難みや、想像力や、時間があった。

もっとコンパクトな生活だったかもしれないが、心が豊かだったような気がする。


僕が『禁断』と感じたのは、
『砂糖入りの冷たい麦茶』を飲むことで、実は今の自分の心の貧しさが露呈するのをなんとなく感じていたからではないかと思った。


僕はまた、この『禁断の飲み物』を暫く封印しておくことにしようと思った。

     (了)

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