2009年11月27日 (金)

『 東京タワー短歌 』  ー壱ー

思いついて、すぐに投稿してしまったのは、十日程前。
その時は良しと思っても、今読み返してみるとやはり、駄目だ。

自分の経験を文章化して、五七五 七七に当てはめてみた。
言葉の納め方やつなぎ方もなんだか、洒落ていない。

主題は「デート」「造形」「景観」になった。
先に主題を決めた訳ではないけどね。

どの歌にも、『東京タワー』は入れてみた。
四つも詠んだら、ピンとこなくなってしまった。


なので、『ものがたり』からではなく、言葉から入ってみようと思った。
『東京タワー』から連想される言葉を羅列してみた。

『ライトアップ』『おみやげや』『赤い鋼の』『パース』『333』『展望台』『エレベーター』『増上寺』『浜松町』『大門』『記念写真』『イルミネーション』『長嶋さん』『デート』『眺め』『展望台』『シンボル』『テレビ塔』『東京の』『日本一の』『鉄骨』『竹中工務店』『ギザギザに描いた絵』『リリー・フランキー』『蝋人形官』『12チャンネル』『ヤンヤン!歌うスタジオ!』

うーん、だから、どうしたって感じだ。
それにしても、イメージが貧困だ。

この言葉を組み合わせて、『東京タワー』の何を詠いたいのだろうか。
言葉を紡ぐための言葉や、紡ぎ方が問題なんだろうか。

短歌を詠もうとする時、まず最初に言葉遊びをしようとしてしまう。
根が、いい加減なのだろう。


枡野くんが「作家、保坂和志さんのホームページ内で開かれた公開短歌教室」で、こんなことを言っている。

『 短歌にすることで最も魅力的に見えることだけを 短歌にしてください。 』


うーん、なるほど。
とうなづいてはみたものの、むずかしいなぁ。

短歌とはどういうところに、ダイナミズムがあるのか、

『31文字の宇宙』、『言の葉』(なんて言葉の持つ意味の深さのイメージを言おうとしたら、「言の葉」とは和歌のことだった。僕はなんにも知らないんだな。)
『紡ぎ方の妙』とか……


絵画でも写真でもそうだけど、いい作品をたくさん鑑賞して、自分でもたくさん描いてみて、たくさんシャッターを切ってみてと繰り返すことで、その良さが分かったりするのだから、短歌も同じなのかもしれない。

まぁ、でも最初は、楽しむことが大事と自分に言い聞かせてはじめることにしよう。


いろはの『い』のいろは『はいいろ』ことのはの いいたいことは『みのるいろいろ』
うーん。


               (つづく)

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2009年11月24日 (火)

『 東京タワー短歌 』  ー序ー

優秀な後輩、歌人枡野浩一くんがFMラジオ局、J−WAVE主催の企画、『東京タワー短歌』(http://www.j-wave.co.jp/special/0911_tokyotower/)の選者をすることになったようで、その事を彼のブログで知った。
http://masuno.de/blog/2009/11/11/blo.php


短歌は古来、平安時代『古今和歌集』の頃より、『五七五 七七』の31文字で、情感や風景やドラマを描写する言語芸術だ。

昭和62年、俵万智さんの『サラダ記念日』(河出書房新社刊)のヒットで、現代短歌の一部が大衆に知られるところとなる。
なんと280万部も売れたのだそうだ。

短歌を勉強していない大衆からすると、高校の古文の授業や百人一首で知る古語の取っ付きにくさを解消してくれたのではないかと思う。
僕はその時ですら、その大衆の一人にすらなっていなかった。


そして枡野浩一くんはというと、略歴から、著作から、評判まで彼のホームページに詳しいので、割愛させていただく。
http://masuno.de/top.html

彼自身が客観性を持ち合わせた優れた文筆家なので、僕なんかがとやかく言うと、陳腐になるので、口を挟まない。

で、じゃぁ何って言うと、彼の短歌って言うのが、しゃべり言葉とでも言うのか、耳慣れた言葉を叙情的に、流暢に、捻りを利かしてみたり、ドラマチックだったり、…

彼の短歌を読んでいると、言葉が易しかったり、面白かったりするので、自分でも簡単にできそうな錯覚に陥る。

が、彼の短歌(文章、言語について全てか、)に対峙する姿勢は真摯であり、厳しい。


なので、思いつきで詠まれた歌で優れたモノなどは、ゴルフで初めてラウンドして、一打目でホールインワンを出すくらいに難しい、というか無理だという印象を与えてくれる。


今回、『東京タワー短歌』にいくつか応募してみようと思って、ひねってみた。
二つ、三つ思いついたら、つい、投稿してしまった。
懲りていないのだ。

以前に、やはり枡野くんが、『週間CHINTAI』の企画で『いい部屋見つかっ短歌』という公募の選者をしていたのだが、その時もすぐ応募してしまっていたのだ。

これ以上どうすればいいのか、と行き止まる。
考えつくすということが、できないし難しい。
31文字という制約も、難しさに輪をかけている。
誤摩化しがきかないのだと思う。

なにが、『良し』なのか、『優れている』のかが分かっていないのだと思う。

が、ついこれで、『良し』としてしまうのだ。
自分自身に甘いと言うか、考え方が甘い。


なので今度は、間に合えば、(12月18日最終締め切り)もうちょっと、考えて、かんがえつくして、それでいて思いつきも、パッションもいかして、策を講じてみたりして、楽しんで詠んでみたい。


良いものを、楽しみながら詠めるのか。『東京タワー短歌』なん首か。


               (つづく)

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2009年11月21日 (土)

『 土曜の夕(ゆう) 』

土曜日の夕方。
お風呂屋さんへ行くのに、途中『開かずの踏切』があった。
京浜急行、『南馬場』(現『新馬場』)駅から下り方面、『青物横丁』駅手前、二つ目の踏切だ。
信号機が30分も『ン』と鳴り続けていた。

僕は小学校高学年になっても、母親とお風呂屋さんへ行っていた。
しかも入るのも一緒で、女湯だった。

その踏切の前では、母とよく手をつないでいた記憶がある。
それだけ甘えた子供だったのだ。
いや、独りが嫌いだっただけだ。


その日は休日の運行で、踏切は難なく渡る事ができたはずだ。
あと二、三十メートルも歩くと、第一京浜国道、国道15号が走っている。


昭和50年。'70年安保の学園闘争も落ち着き、オイルショックの大騒動や、マイホーム、マイカーなんて言葉も知らないで過ごしていた。

ドリフターズに天地真理。
プロ野球ならジャイアンツ。
プロレスにキックボクシング、そんなテレビに夢中になっていた。

家の外なら、放課後の草野球。
虫を追いかけ、神社やお寺を駆けてまわった。
駄菓子屋でいつまでもうろうろとしていた。
近頃よく聞く言葉でいうところの『ルーティーン』になっていた。

『ヴウォ〜ンウォ〜ン、ヴウォ〜ンウォ〜ン』
『バリバリバリリリリッーーー』
『パラリラパラリラ……』

黒いアスファルトで唸り上げ、コンクリートのビルを這う。
首都東京の空に響き渡る轟音。

幾台ものバイクや乗用車が、おそらく3-400台はあったのではないか。
第一京浜国道を、次から次へと切れ間無く走っていた。

戦国時代の騎馬の大軍を想起させる。
そう、バイクのことを『鉄馬』呼ぶことがあるので無い話しではない。
(『鉄馬』で調べたら、鉄の鎧ををつけた騎兵。また、勢いが激しく勇猛な騎兵。とあった。)

エンジンが、マフラーが爆音を鳴らし、風の音が塊となって国道を流れていく。
バイクや自動車のフォルム、デザインもさることながら、バイクに跨がり、自動車の窓から身を乗り出す男の人達を、眼を輝かせて見送っていた。

その彼らが、暴走族で、社会や大人達に対しツッパっていたかどうかなんて、分かっていなかったと思う。


こないだ、お祭りの会の仲間が集まったとき、中学時代の同級生の親友『R』が言った。
やはり、僕と同じように、当時の彼らを、彼らの集会を陰から覗きにいった経験を持つ『R』は、

『あれはお祭りなんだよ。見てるだけで、ワクワクドキドキするんだよ。楽しいんだよなぁ。』
『あの音と車とが、カッコいいんだよ』
と、

そう、『音』と『フォルム』、『威勢の良い男達』を見る楽しみ方はまさに『お祭り』だなぁ、と僕も思った。

僕らはバイクに乗れる歳になっても、暴走族に入ることはなかった。


僕はお風呂屋さんへ行く脚を止め、いつまでも続くその車列を眺めていた。

土曜の夕、その日はきっと、僕は一人でお風呂屋さんに向っていた。

               (了)

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2009年11月16日 (月)

『 コメンテーター 』

凶悪な犯罪や事件が連日、テレビマスコミを賑わしている。

これは、ニュースや報道番組だけでなく、『情報バラエティー番組』でも当り前のように取り上げ、放送しているということだ。

『バラエティー番組』では、コメンテーターという役割の人達がいる。
彼らの中には、弁護士や検事、元警察官など犯罪や事件に詳しいとされる職業の人や、ジャーナリスト、大学教授。マルチタレントと呼ばれる芸能人などが起用されている。

犯罪に詳しいという輩の一人である弁護士は、『某先生』と呼ばれ、自信満々で誇らしげに、これ見よがしに、したり顔まで見せて、(そんなはずはないのだけど)その事件の特徴や背景、犯人像なんかを勝手に語っている。

今回、僕が腹をたてているのは、被害者や被疑者の家族までもが取り沙汰されて、その姿を曝されているというのにもかかわらず、ペラペラやっていること。
一介の弁護士風情が、たかだか30年くらいのの経験や知識をひけらかすな、偉そうに、と思った。
しかも、ほとんどが推理や想像で語っているのだ。

そんなつまらない想像をするくらいなら、事件にかかわった家族達の心の内を想像しなさい、と言いたい。
デリカシーもなければ品位の欠片もない。


かつて、或る有名な評論家が、大マスコミであるテレビでの発言は影響力が大きすぎるので、テレビには出ないとしていたそうだ。

賢明であり、自分は市井の者、それこそ『一介の売文業』であると言っていたその人の謙虚な人間性が表れている。
その人だって、『先生』と呼ばれている。


僕らは日常生活でも自分の発する言葉に責任を持ち、気遣いをし、それでも失敗をしたり、誤解を招く。
自分が愚かななのかもしれないが、それで一喜一憂するのだ。


テレビが『垂れ流し』と言われて久しいが、事件、犯罪に関わる番組制作は慎重にならなければならないと、
過去にテレビ局は、新興宗教団体の一部の人間による弁護士一家殺人事件をまねいてしまったという問題で猛省したはずなのに、懲りてはいないのだろうか、そう思うことが今までにもいくつかあった。


ちなみに、今回、僕が腹をたてたコメンテーターの発言があった番組は、奇しくも弁護士一家の殺人事件をまねく原因を作ったテレビ局と同じであった。
なにをかいわんや、である。

               (了)

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2009年11月11日 (水)

『 紅葉狩り 』 ー 写 真 ー

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                     2009年 秋

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2009年11月 9日 (月)

『 紅葉狩り 』

それにしても『紅葉狩り』というのは難しい。
なにが難しいって、自分が想っていた『紅葉(こうよう)』を目の当たりにすることがである。

その年の気候天候でもって、時期もデキも随分と変ってくる。

それにその土地の観光協会情報ってのが、またあまりアテにならない。
なぜなら、『見頃』じゃなくても、『見頃』にしてしまえ的な許容範囲の広さを見せ、その所為で、行ってみてがっかり、なんてことがちょいちょいある。

観光協会からしたら、一人でも多くの人に、来てもらって、お金を落としてって貰いたいのだろうけど。
そんな穿った見方をしたらいけないかな。


それと、WEBや旅行雑誌、広告などに使われている写真というのが油断ならない。
まぁ、綺麗に良く写っているのだが、…

大概一番良い時期の、一番良いロケーション、(『紅葉』が一番綺麗に見えるスポット、つまりは『点』)の、さらに一部分なはずだ。
(点は一次元だから物理的にありえない。点の中の点。)

それなのに、いつの間にか、勝手に、そんな次元を超えた『点』を、しかも自分で「その場所は『見頃』と同一」にとらえてしまっている。


期待や願望が『点』を『面』に変え、大きくして、その『面』を紅く染めてしまうのだから、思い込みとは恐ろしい。

まったく都合良く考える頭である。
(結果損をした気分になるけどね)

僕は人が混んでいるところが苦手だ。(お祭りは別だけどね)
なので、『見頃』イコール『観光客でいっぱい』と想像してついつい及び腰になってしまうのだ。

だから、平日休みの方が良い。
と思っていたのだけど、近頃では仕事や子育てをリタイヤされた方々が集団で元気な動きを見せているので、そんなに静かでもない。
それと土日祝日の観光地を体験してみと、出店が出ていたり、その町自体に活気があったりとまんざらでもないのだ。

平日はゆっくりと歩ける静かさがウリなんだけどね。

結局、僕らは自然と人間と折り合いをつけていかないといけないのである。

まったくそんなことばかり言っていると、いつまで経っても『紅葉狩り』なんて行けやしないなぁ。

結局、僕らは自然と人間と折り合いをつけていかないといけないのである。

               (了)

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2009年11月 5日 (木)

『 ココロのカタチ 』

昭和40年代の話しです。


二つ違いの仲良し姉妹のお姉ちゃん、カナちゃんと妹のメグちゃんは、
いつもおそろいのお洋服を着て、どこへ行くのにも一緒にお出かけをしていました。

おとなしいお姉ちゃんのカナちゃんは、お稽古事のピアノもお習字も、黙々とこなし、宿題などは必ず終わらせてから遊びに行く、堅実な性格の女の子でした。

それに対して妹のメグちゃんの方は、まずは自分の遊びたい遊びをして、さて、もう時間がないというところで、ピアノの課題曲をマスターしたり、宿題を終わらせるという要領の良さと行動力を併せ持つ活発な女の子でした。

これは『蟻とキリギリス』や『ウサギと亀』のようなお伽話ではありません。


そんな二人でしたが、お姉ちゃんのカナちゃんはショートヘアー。
メグちゃんの方は、長い髪を『三つ編み』にしたり、『ポニーテール』にしたりと変幻自在のヘアスタイルを楽しんでおりました。

メグちゃんは、クリクリしたぱっちりお眼々で、また末の娘(むすめ)という事もあり、彼女の人懐っこい性格が相まって、周りの人から随分とちやほやされていました。

お姉ちゃんのカナちゃんも姉妹良く似た可愛らしい顔をしていましたが、どこか大人びた表情で、おすまし屋さんの印象の強い女の子でした。


二人に遊び道具の取り合いや、物事の順番をめぐった争いが始まると、

『お姉ちゃんなんだから、…』

というセリフでカナちゃんはいつも我慢をする役をはたしてきました。

小学生の小さな女の子に刻み込まれた一つ一つの体験は、彼女のハートをどんなに揺るがしていたことでしょうか。


時は経ち、姉妹が中学校に上がってからのこと。
家族で懐かしいスナップ写真のアルバムを開いていました。
すると、一枚の写真に皆が異和感を覚えました。

それはカナちゃんが一人で写っている写真でした。

太陽がまぶしいのもあったのでしょう。
カナちゃんは珍しく眉間に皺を寄せて、上目遣いにカメラを睨みつけていました。

子どもらしい愛くるしい表情です。
が、しかしです。
この一枚の写真には嘘がありました。

カナちゃんの髪には、無いはずの『三つ編み』が不自然な姿でお下げになっていたのです。

カナちゃんは幼心に、どうしてもメグちゃんと同じように『三つ編み』を結いたかったのでしょう。
そして皆にちやほやされたいという一つの『憧れ』の象徴だったのかもしれません。
それを我慢していた心がいつの日か、油性『マジックペン』で写真に描き込むというカタチで表れてしまったのです。

おとなしい娘(こ)だったので、まさかカナちゃんがそんな風に思っていたとは、お母さんは露ほども感じていなかったそうです。

そして当のカナちゃんは、写真に自分で『三つ編み』を描き込んだことを覚えていませんでした。


それから30年以上経った現在、カナちゃんも二つ違いの姉弟を持つ二児の母です。
彼女の子供達の言葉にできない心の声が、はたしてどれくらい聞こえているのでしょうか。

まさか末の男の子の写真に『三つ編み』が描かれるなんてことは……。

               (了)               

※ この話しは、事実に基づいて書かれたフィクションです。

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2009年10月30日 (金)

『 中秋の名月  ー その後 ー 』

あの後、
(『中秋の名月 ー1ー 』参照:http://minoru-iroiro2.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-cc69.html

月を特集したテレビ番組が民放局で放送されていた。
(テレビ朝日の『奇跡の地球物語』http://www.tv-asahi.co.jp/miracle-earth/trailer/cur/だったようだ。)

例の『45億年前の月がどのように見えたか…』を映像でも表してくれていた。
僕の一番興味のあったことだ。

今より200倍も大きく見えたのだそうだ。

テレビ画面の下の方に、一割の半分か三分の一(五分から三分)程の水平線があって、そこにかかるように29インチのブラウン管の画面ほぼ六、七割を覆うようにまんまると表されていた。

およそ20年前、アニメ『宇宙戦艦 ヤマト』のラストシーンで映し出される、

『地球滅亡まで、残り 幾日…』

のテロップが流れるときのカットの地球くらいの大きさだ。
分かりにくいなぁ。


月のでき方として有力視されている『ジャイアントインパクト説』なるものの説明があったのかな、


『ジャイアントインパクト説』:(1975年、ウィリアム・ハートマン氏と、ドナルド・デービス氏による科学雑誌『Icarus』へ掲載された論文)

約46億年前に地球が形成されてまもなく、火星と同じくらいの大きさの原始惑星(『テイア:Theia』)が、斜めに衝突したと考えられる。

原始惑星は破壊され、その天体の破片の大半が無色鉱物に富んだ地球のマントルの大量の破片とともに宇宙空間へ飛び散ったのだそうだ。

破片の一部は再び地球へと落下したが、正面衝突ではなく斜めに衝突したためにかなりの量の破片が地球の周囲を回る軌道上に残った。
この破片はすぐに冷え固まり、粒子となった。

この粒子が、一時的に土星の環ように円盤を形成した後、さらに相互に衝突を繰り返していき、『月』が形成されたと考えられている。
ジャイアント・インパクトから、およそ一ヵ月だそうだ。

他にも、月に引力があるから潮の満ち引きがあるとか、

地球の回転軸が約23度傾いているから、四季がある。
それには、月の存在が大きく影響しているとか、
(調べてみると、影響があるのではなくて、暦をつくる上で、重要だったということを言っていたのかもしれない。)

月光写真家の石川賢治さんの神秘的な写真を紹介していたり、
http://gekkouyoku.com/

用をしながらだったので、それくらいしか覚えていないけど、
今後『月』についても、注目していってみようと思ったのだった。


とにかく僕の知りたかった、当時の『月』の見え方が分かっただけで良かったのだ。

『約45億年前の月』の図

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               (了)

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2009年10月25日 (日)

『 お祭り 』 ー 秋・休日 ー

九月から業務内容が変わり、土日祝日に仕事を休むことが増えてきた。
十数年ぶりのことだ。
サービス業に従事していたので、仕方がないところと納得していた。

平日休みに慣れていると、週末の人出や、料金の違いに面食らうことがある。
が、しかしである。
土日といえば、『お祭り』だ。

大好きなお祭りを見て回れることは、僕にとってこの上ない悦びである。
なので、ここにきて自宅の近所のや、都内の見たかったお祭りをいくつか見物した。

何が良いって、根っから好きなので考えなくたって思いつく。

まず、「町の雰囲気」が良い。
参加している人達の表情が楽しげで、ふわふわ、ワクワクしている。
もちろん、神事として真剣な顔をして取り組んでいる人もいるけどね。


軒先に揺れる「提灯」、玄関の「花飾り」や「しめ縄」を見れば、
『あぁ、お祭りだぁ。』と僕の心はときめき、
(近頃はお祭りでも飾られてない町も多いので寂しいけどね。)
朝から昼から商店街のスピーカーから一日中流れている「お囃子」の音色を聞きつけると僕は浮き足だつ。
そしてこれが、なんとも心地よい響きなんだなぁ。
『癒される』という言葉がまさにぴったりである。

また、町自体も、ときめいているように思える。


「御神輿」、「山車」、「曳山」。
年に一度、町に降りてくる神様を乗せて渡御する御神輿は、いわば移動式の神社だ。
厳かで、歴史を感じさせる造りは、熟練した職人達の技の粋(すい)が凝縮されている。
鋳物、彫金、彫刻、漆塗り。
鳳凰や雲形、欄間に、飾り幕。

「神酒所」や「御仮屋」のつくり、そこに飾られる竹や葭簀(よしず)の仕立て具合を見るのも楽しい。
青竹の組み方、荒縄、こまい縄(細い縄だから、「こまい縄」)、黒いけどし(ゅ)ろ縄(棕櫚縄)。
それらの結わき方なんかも、その町の鳶頭(かしら)によっていろいろだから面白い。
正確な技だけでなく、経験を重ねた職人の趣向が凝らされている。


「半纏」に「浴衣」、「手拭」なども堪らなくイイ。
江戸文字、に文様。
洒落がきいてたり、小気味良かったり、染めの色も柄もどれをとっても飽きることがない。
自分の名前を江戸文字で書いてみたりもする。
会の半纏も三着目だけど、襟に書かれた名前は自分で書いたものを染めてもらっている。
浴衣も手拭もたくさん持っていて、集めたりもしているが、オリジナルのものが多いので楽しいし、嬉しい。


お祭りのなにもかもが、小学生の頃から好きだったけど、何が良かったのか、どうして好きになったのか。
きっと『カッコイイ』し『楽しい』と思ったのは間違いない。

『御神輿』は『スーパーカー』のようにフォルムやパワーを感じ、
『担ぎ手』は『プロレスラー』のような勇猛さ、力強さ、
『山車や出店の屋台』は『遊園地』のように、…

それくらい、単純に憬れていたのだと思う。


今度はどこのお祭りに出かけようかな、と思っていたら、11月からまた土日出勤になっちゃった。
お祭りはまた、暫しお休み。


               (了)

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2009年10月18日 (日)

『 タイフーンラッシュ 』 

本土に上陸するのは、およそ30年ぶりと言われた大きい台風が日本を縦断した。

首都圏はちょうど通勤時間帯に直撃を受け、大雨と暴風に混乱を余儀なくされる。
(それにしても、台風がまだ近所にいる時に晴れ間が差し込んできたのには驚いた。 …結局、東京に再び雨が降ることはなかった。)


ホームに流れてきたステンレスの車両には、一両目からぎっしりと人が詰め込まれていた。

JRが軒並み運転を見合わせてしまい、振替輸送の乗客がこの路線に集中してしまったからだろう。

二両目、三両目ともステンレスでコーティングされた人の塊といった体だ。
僕の乗る車両が目の前に止まり、扉が開いた。
しかし誰一人として降りる気配もない。
それでも僕を含め何人かの、おそらく三、四人がその中に入り込もうとする。


二十年以上前に聞いた話しだが、ラッシュに慣れた(中央線の)人が語っていた乗りテクを思い出した。

『足場が20cm四方もあれば十分。』
『ポジションは、扉の端の方。』
それは、『閉まる扉の力を利用して、身体を車内に押し込む為』なのだという。

どう見ても乗り込める余地はなさそうだが、見下ろしてみると、足を置くだけのスペースがあった。
僕はそこにつま先を入れ、扉の上の方に手を掛け、扉が閉まるのを待った。

二人くらいが入るのを諦めていた。
扉が何度も閉まったり、開いたりしていた。
しかしなるほど、僕はくるりと電車の中に入り込むことに成功した。

閉まったら、そこからは地獄絵図のようだった。
呻き声、ため息、咳、体臭、これらがひといきれとなって車内上方のわずかな空気を汚染する。
衣服やバッグの擦れる音、潰れる音。
肉が歪み、骨が軋む音すら聞こえてきそうだった。
僕自身心臓がキュンとして、ふくらはぎピンとした感じがあった。

次の駅にも、そのまた次の駅にも整列して待つ人々がホームを埋めていた。
ターミナル駅でも並んでいた人の二割も乗れなかったのではなかろうか。

降り乗りのたびに苛立つ人の叫び声が飛ぶ。

ある駅で、
『あんた何やってんのよぉ!!さっきからさぁ!!』
と女性の声が車内に響く。

上着を着ていないサラリーマン風の男の挙動がちょっと前から、少しおかしかったように僕にも見えていた。
男は何もしていない、と反論していた。
その男の顔から垂れる汗が、若いビジネスマンの洒落たスーツの肩を染みらせていった。

またある駅では、中年男性が甲高い声で怒鳴り、
また次の駅では、
『赤ちゃんが降ります!』『赤ちゃんが降ります!』『ちょっと待って下さい!』とお母さんが声を張り上げる。

扉が開くたびに押されて降り、また押されて乗り、扉が閉まっていても、結局は身動きがとれないほど四方八方から押されていた。
押されながらバランスをとるのは体力がいる。
『おしくらまんじゅう』だ。

結局、僕の降りた駅でかなりの人が降りて、この台風による僕の通勤ラッシュは終焉を迎えた。

この日各所で交通機関の混乱が、通勤への支障をきたしていた。
電車内に閉じ込められた乗客が線路を歩いて次の駅へ向ったり、
振替輸送の乗客がホームに溢れて、運転を見合わせたり、とか。

まったく僕らの未来への線路は、果たしてどこへ向っているのだろうか、と言うとちょっと大袈裟かなぁ。


               (了)

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