『悲願』 –3–
『オッ!オッー!』
ブラウン管の中、ランナーを目で追う。
ラスト、アンカー『朝原宣治』選手(36歳)が、おそらく、おそらく、間違いなく三番目にゴールラインを切った。
『やったーぁ!』
この感激の瞬間をテレビ放送とはいえ、リアルタイムで見ることができた。
朝原選手といえば、僕の世代からすると、『末續慎吾』選手よりもずうっと日本のスプリンターの代表だった。
日本人で100m、10秒の壁を初めて破るのではと期待をした選手である。
もう15年来以上になるのかぁ、
陸上で、100走というと『最速』というイメージがあるので、素人の僕にとっては『花形』の競技になる。
古くは、東京オリンピックで金メダルを獲ってNFLダラス・カウボーイズへ入団、活躍した『ボブ・ヘイズ』。
史上初めて10秒を切った『ジム・ハインズ』などの逸話に感心をした。
小学校五年生の時のモントリオールオリンピックのトリニダード・トバゴの金メダリスト(『ヘイズリー・クロフォード』)を真似て、赤と白の横縞のハイソックスを履いたりもした。
もちろん、『カール・ルイス』や『ベン・ジョンソン』の走りや、世界記録に酔いしれた1980年代。
『リロイ・バレル』や『モーリス・グリーン』も『カール・ルイス』のおかげで知るところとなる。
朝原選手は僕と年齢が六つか、七つかの違いなので、世代の感じ方は近いと思う。
(① もちろん、100走の第一線の当事者とは考え方は違いますが、)
(② そんな年頃の仲間が仕事場にいるから、ちょっとは分かるかな、と)
顔や風格なんかは、今年、四十三(しじゅうさん)になる僕より先輩に見えてしまう。
そして、『昭和の男』を感じさせてくれる。
学生時代に日本新記録を三度も更新したそうだ。
その頃のニュースの記憶が僕にとって、『日本短距離界のエース』といえば、
『朝原宣治』選手。というイメージになったのだと思う。
四大会ものオリンピックにでている。
もちろん、個人でメダルや決勝に進出するとは思ってはいなかった。
「準決勝」に進めればそれだけでニュースになるし、偉大なことだ。
『競技』というものは、不思議なものである。
皆がベストタイムで走ることができない。
本番になると国内で選出された時の、5位や6位のタイムだったり、
準決勝4位のタイムが、他の組の1位より早いタイムだったりと、その時の組み合わせやペースでもって、随分と変わってしまう。
今回の『男子4×100mリレー:銅メダル』なんかは良い例だ。
一人一人のタイムの足し算ではない、というのがよく分かる。
(つづく) 次回は9/10(水)
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