『サンタクロースは、いないからな』
僕らの目の前には厚さ5センチはある『百科事典』が(上)(中)(下)と三冊、置かれていた。
長屋の二階、六畳の部屋の畳の上にだ。
これは僕ら兄弟が父から貰った最初で最後のクリスマスプレゼントと父の言葉だ。
(そのあと『パパが買ってきたんだ。』とつづいたよ)
僕が小学校へ上がったかどうかという頃のはなしだから、昭和47年(1972年)頃。
日本は高度成長を遂げ、第一次オイルショック前の景気の良い時代だったのだろうか。
しかし、今程クリスマス気分で街が踊るような時代ではなかった。
こたつの上で、鶏のもも肉を、脚先にアルミホイルを巻いて手づかみでむしゃぶりついたり、クリスマスケーキを兄と母とお婆さんの四人で囲んで食べたりはしたかな。
小学校高学年の頃だろうか、(正確には1971年頃に発売されたらしい)
『レディボーデン』アイスクリームは、衝撃的だった。
500mlは入ろうかという大きなあずき色のカップに、なんともいえない甘い味。
今までの日本のアイスクリームでは味わったことのないものだった。
我が家で、冬にもアイスクリームを食べるようになったのも、
クリスマスケーキのかわりに『レディボーデン』を食べたのがきっかけだったような気がする。
***************************************************
今日では、子供達が、そして彼女や彼氏が、クリスマスプレゼントの要求をして(要望を出して)、
クリスマスイブもしくは当日でなくても、クリスマスプレゼントの授与が約束としてある。
それを枕元にこっそり置いたりして、
『サンタさんはいるのよ』
と教えている親達も数多くいる。
『いい子にしていると、サンタさんがプレゼントを持ってやって』くると教えてるようだ。
冒頭の言葉を、僕ら兄弟が父親に言われたエピソードを小学生の子供達のいたところで、一人の友人に話そうとして、
『夢を壊すようなことを言わないでよ』
と叱られたことがある。
この情報化社会の中で、プレゼントがサンタクロースによって運ばれてきたなんてことを信じている子供はどれほどいるのか。(小学二年生くらいまでかな)
『夢』とはなんなのか?
『任天堂DSi』『どうぶつの森DS用/Wii用』『sony PSP』。『FF』のなんとか、『ゴーオンジャー』のそれ、とか、『ポケモンDP』『プリキュア』だぁ、『遊技王』だ、『デュエルマスターズ』だ、・・・
携帯ゲーム機を買い与えるのに、ある親御さんがこう言った。
『贅沢だとは思うけど、クラスのみんなが持ってて、うちの子だけが持ってないと可哀想だから、・・・』
まるでイジメの対象にならないようにそうしてあげると言っているようだ。
そんなに小学生の多くが一万円以上もするオモチャを持っているのか?
それを持っていないとクラスの話題に付いていけないのか?
そういうオモチャを持っていない子供からしたら、クリスマスなんて、『残酷物語』になっちまう。
サンタクロースがやってこない家だっていっぱいあるはずだ。
放課後、彼らは何をして遊んでいるのだろうか?
実際、ゲームを持っていない子はどれほど居て、何をして遊んでいるのか?
イジメられたりはしていないのだろうか?
(逆にいろいろ持っていてもイジメられる子もいるのではないか?)
サンタさんはそういった子を作らないようにプレゼントを持っていくんじゃなかったっけ?
親御さん達や子供達にとって、『クリスマス』とは『サンタクロース』とは、何なのか、どんな役割を持っているのだろうか?
『家族の団らん』『幸せ』の象徴として過ごす一日。
僕もモノに関しては結構、満たされていたと思うけれど。
モノによる「豊かさ」、「喜び」という点では変りはないか?
僕には子供が居ないので正直、自分がどういう親になるのか、わからない。
それでも今の子供、現代の親に対してどうしても違和感を感じてしまう。
ただ単に、『大好きなこどもの喜ぶ顔が見たいから』プレゼントをあげるということに、
あたかもサンタクロースがいるかのような、演出はいい加減、なしにしてもいいような気がするなぁ。
だって、あれが欲しいとかこれがイイ、なんてモノを宅配するのがサンタさんでは、悲しすぎるよ。
これって『サンタクロースは、いないからな』などと宣告されたこどもの、ひねくれた考え方なのかな。
(了)
最近のコメント