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2009年7月

2009年7月29日 (水)

『 空模様 』

日本で46年ぶりに皆既日食が観られた。

日本、と言っても鹿児島と沖縄の間にある小さな島だったり、小笠原諸島の先で、火山活動中なので、上陸が許されない島だったりとなかなか難しい。

宇宙が織り成すほんのひと時のいたずらのような現象が地球を熱くする。
(日陰に入るのにね。)

『日食ハンター』なんて人を食ったようなネーミングで呼ばれる人達もいる。

前の日、『葛飾花火大会』の花火を見物に行った。
ところは『葛飾柴又、帝釈天で…』傘を広げ、そぞろ歩きの夕の刻。

帝釈天の参道は会場へ向う浴衣姿の若いカップル達でいっぱいだ。
会場はその裏手、江戸川河川敷にある野球場。
腰をかける道具を持ち合わせなかったので、野天による雨越しの花火見物は中止にした。

湯葉料理とかうなぎ料理なんかをつまみながら、冷酒で一杯なんてやってる座敷から眺められるようであれば、風情もあったのかもしれないけどね。


ベランダの雨足が強くなったので時計を見ると、それは丁度花火大会終了時刻の頃で、葛飾柴又の江戸川上空はどうだったのか。

『皆既(日食)』時間が一番長いといわれていた『悪石島』は嵐のように風が吹きすさぶひどい状況になってしまった。
その他の鹿児島と沖縄の間の島々もスカッと晴れた空はあったのだろうか。

『NHK』の生中継は硫黄島と屋久島を中心に放送していた。

屋久島の森の中での撮影は、果たして『皆既日食』を表現できたのか。
森が暗くなるその向こうの空は、白く映っていた。
露出を空に合わせていたから、森の中が暗くなったのではないか、と一人テレビに向ってぶつぶつ。

快晴の硫黄島付近での撮影はしっかりと太陽が欠けていく姿が映し出された。
画面いっぱいの太陽。

『ダイアモンドリング』は確かに綺麗だ。
燃え上がる『コロナ』。
『コロナ』より低温の『プロミネンス』というのは初めてだった。(これはちょっと、赤っぽく映っていた。)

しかしどうして、みんな同じような映像しか映さないのか。
白黒のアップの太陽と『コロナ』、『プロミネンス』、『ダイヤモンドリング』。
他の映し方はできないのだろうか。

木漏れ日の影が欠けていくのとかを見たかったなぁ。
(東京は曇っていて、見られず)

硫黄島付近の客船上での撮影が良かった。

360度ぐるりの水平線に時刻外れのの暁が立ち上る。
その紅い冠の上は青く、そのまた上には月が作った太陽の影が筒状に天をさしていた。

船上で見ていた人達には皆既日食がどう見えたのか。
テレビで映しきれない自然の皆既日食をどう見たのだろうか。

肉眼で見ないと(身体で感じないと)得られない感動を求めて人々は旅をするのだろう。

そして天に描かれた『空模様』を見上げるのか。


               (了)

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2009年7月23日 (木)

『 梅雨明け、ガンダム、昼ビール 』

関東地方も梅雨明けが発表された。
午前中から30℃を越える勢いだ。

この時期を待っていた訳ではないだろうが、実物大『ガンダム』立像が、お台場『潮風公園』に完成、お披露目が始まっていた。

夏休みに入って混み出す前に見ておこうと二時過ぎに家を出た。


僕は当初、なぜか30メートルを越える巨大なものと勝手に思っていて、すぐさま『牛久大仏』を思い出した。

十年前に宝石の販売営業で地方を回っていた時のことだ。

バスで茨城県の小学校をハシゴしていて、関東平野の広い空が薄い桃色に変化しはじめた。
その時だ。

車窓から、遠く向こうに直立した黒い巨体が聳えたっていることに僕は疑い、そして驚いていた。
少年期に夢中になった怪獣やロボットの出現を目の当たりにしたようだった。

全長、120メートル、総重量、4000トン、阿弥陀大仏。
(ちなみに大仏さん自体は100メートル、顔の長さ:20.0メートル、耳の長さ:10.0メートルとでかい)
http://daibutu.net/daibutu.html


さて『ガンダム』だ。
京急バスを『お台場』停車場で降りて、『潮風公園』に向かう。
まだか、まだかと気が急いていた。

大船の『観音像』のような突然の出現を期待していたのだ。
(『白衣観音』胸像:全長、25メートル)


駐車場、公園入口と抜け、芝生の公園を見下ろす階段に立ったその時、『ガンダム』はその勇姿を現した。

それは鋸山の『大仏』のような登場である。
(『日本寺大仏』:薬師瑠璃光如来坐像。全長、31メートル)


運河とその向こう岸に立つビル群を背景に、アニメのヒーローがリアルな姿で見参したのだ。
緑の大地をしっかりと踏み締めて、二本の脚で立っている。

広さの表現は難しいが、草野球場のグランドが四面は取れるくらい、いやもっとか、のところに、周囲をいくつかの露天が軒を列ねている。
『富士宮や生そば』が目に入る。昼ビールは決まりか。
『ハム焼き』(串焼き)『吉田うどん』など

夏の陽射しを受けた芝生の広場には人がまばらにいて、『ガンダム』とそのオフィシャルショップの周りだけが黒山の人だかりがある。

僕は『ガンダム』ファンの友人『Dさん』と『Kさん』に見せたいのと、どうしたらリアルガンダムを表現できるか、を目的に様々な位置、角度から写真を撮ってみた。
そして、『ガンダム』の股下潜りの儀式に参加すべく、人だかりの列に並んだ。
丁度、飛翔する瞬間を足許で迎えることができた。
(スチームだか、排気だか、排煙だかを放つ瞬間を模してね、)

結局、敷地の外でビールを買い、ナンドッグをパクついた。
更に敷地内に戻り、『富士宮焼きそば』と『ハム焼き』を食す。

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『ガンダム』を中心に小一時間ほどふらふらして、また夕方、暗くなってから来ることにする。

ウェブではレーザー光線によるライティングの演出などがあったからだ。
(この演出は特別な時だけらしい。この日は無し。)

「海浜公園」「デックス東京ビーチ」「アクアシティ」と周り、7時50分に戻ったら、残り時間があと10分くらいとのこと。

もう一度ビールを開け、音楽とともに発光している『ガンダム』が天に向おうとしていた。

『或る一日』と言う物語が終わりを告げているかのようだった。

そしてとうとう『ガンダム』はライトダウンされて眠りについた。

参拝客も三々五々と家路についていった。

実物大『ガンダム』は、アニメシリーズを見たこともない僕のようなものをも惹き付けるものだった。
それが『ガンダム』の持っている力で、実物大『約18メートル』の大きさによるものなのかな、と。
(もちろんこのプロジェクトのスタッフの力によるものが大きいんでしょうけどね)


今度は、足許で『牛久大仏』を見てみたくなった。


               (了)
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2009年7月19日 (日)

『 霧とか、』 ー 安房小湊:誕生寺 ー

七月の千葉なので、波の音を肴に、砂浜でビール、なんてのが理想なのだけど、

『鵜原』から『安房小湊』へ

駅を下りると目の前には海が、
しかし、霧と浜風が身体を襲う。
霧は、霧だか海の滴だかを舞いあげて僕の眼鏡を曇らせる。

雨ではないから、身体や、洋服を濡らすことはない。
しかし、なんとも厭な感じ。
眼鏡のレンズは、塩か、と思うような霧の粒子で覆われすぐ見えなくなってしまう。


『誕生寺』

駅から海岸線に沿ってとほとほ15分くらい。
風が冷たかったり、そうでもなかったり。

日蓮聖人が生まれた聖人生家跡に1276年、一宇(いちう)を建立し 高光山『日蓮誕生寺』と称したのが始まりだそうだ。


「仁王門」
1706年建立。間口8間。現在このお寺で、一番古い建造物だそうだ。
左甚五郎作の般若の面は知らずに見れなかった。


「誕生堂」
日蓮聖人が誕生したのが鎌倉時代半ば、1222年2月16日。
その地を記念して建てられたのがこの『誕生寺』で、『仁王門』の右手前に、幼き聖人の像を祀っているのがこの祠。小ぶりの祠の姿がイイ。

2月16日、父と同じ誕生日だ。


「祖師堂」
1842年建立。総ケヤキ造り雨落ち18間4面、というのだそうだ。高さ95尺(約31メートル)。
でかい。
ここで使われている材木はもともとは、江戸城改築用として伊達家の藩船が途中遭難しして、譲り受けたものだそうだ。

また、ここの鬼瓦は『世界一』の大きさと言われていて、高さ4メートルもあるのだと。
それと龍や唐獅子、象などの彫り物の見事なこと。

ケヤキの木に薄く白塗りをしているよう。
潮風のせいか、悠久の時の証か。


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               (了)

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2009年7月17日 (金)

 ー 『鶏繁』(とりしげ) ー

たかが『焼き鳥屋』というなかれ、
されど『焼き鳥屋』である。


グルメな或る先輩が、僕と、彼の同年輩の同僚の二人を、新橋に在る『焼き鳥屋』さん『鶏繁』(とりしげ)に連れて行ってくれた。

月曜日、八時過ぎ。久しぶりの新橋は行き交うサラリーマンで溢れていた。
舗道をすれ違うのが億劫になるくらい。

新橋駅にほど近い、細い路地のとば口の角にある。
十席程のカウンターはいっぱいで、決して広くはない店内の奥の小上がりの座敷に招かれる。
明るすぎない、暗すぎない、木の質感で覆われた気取りのない店だ。


メニューには、まず『十本コース』と『六本コース』があった。
御馳走になる分際なのと、話題に付いていくのとで、メニューがあまり目に入らなかった。
覚えているのは、メニューに『値段』が書かれていないということだった。

生ビールで乾杯するとまもなく、

『これっ、これ、見て、』

と出てきたのが、小鉢に肌色でたっぷりのまんまるとした『鶏のレバ刺し』。
これを飲ん兵衛の僕に食べさせたかったのだ。
ダシ醤油にウズラの卵をといて、それに付けてパクリ。

クリーミーな舌触り、甘みのある風味は上質なフォアグラを連想させる。
レバー特有の歯触りや臭みなどは一切感じられない。

二杯目の焼酎の水割りと相性がよかった。

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『六本コース』を注文してくれた。

一本目、『ささみ山葵』
もちろん軟らかいが、ぷりぷりしこしこと嚼む程に鶏の旨味と塩の甘みと本わさも甘みと、表面の香ばしさが口の中で融合する。美味しい。

二本目、『レバー(塩)』
余程、鮮度に自信があるのだろう。
『レバ刺し』とはひと味違い、塩が旨味を引き出していて、臭みなどもちろん無い。
これも炭焼きならではの、風味で仕上がっていた。

三本目、『砂肝』
もちろん砂肝の食感なのだが、未だかつて味わったことが無いジューシーさ。
これまた、塩加減が良い。

四本目、『ねぎ間』
弾力の有るもも肉の間にあるのが、『ねぎ』と『ピーマン』。
ここまでの味の統一感に『ピーマン』が嬉しいアクセントになった。
初めてのタレものになるが、甘さは少なく、醤油のコクで食べさせる。

五本目、『だんご』
粗いひき肉をつかって、肉汁がたっぷりのジューシーな『つくね』、しかも塩だ。
中には芥子の実が入っていたりして、歯ごたえと香りも楽しめる。
御飯にも十分に合いそうだ。

六本目、『手羽先』
正直、ここまでくると焼酎が入っていることもあって、かなりお腹もいっぱいになっていた。
それくらい一串のボリュームがあるということだろう。
が、程よい脂加減でなんなく完食。


『鮮』『塩』『焼』

美味しさのキーワードはこの三つだと思った。


間に別注文で、『皮』と『テッちゃん』を頼んでくれていた。

この『テッちゃん』、鶏の十二指腸だそうだ。ピリ辛で、ニラと一緒に炒めてある。
脂っこくなく、こりこりシャキシャキとした食感は、細身(小振り)だったせいか、かなり好きな味だった。
濃いめの味付けにも見えたが、辛み以外は案外さっぱりしていたと思う。
ついつい後を引く。


途中、コースのサラダとスープがついたのだが、最後に『梅茶漬け』で締。

そしてその先輩は最後にその店の名物『そぼろ御飯』をお土産にまで持たせてくれた。
気っ風の良い、粋な計らいに恐れ入ってしまった。

まったく感謝感激の一席で、本当に御馳走を堪能した夜だった。


               (了)

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写真

過去の記事に写真をアップしました。


『小田原城 ー 吾妻山公園』(2009/02/18)
http://minoru-iroiro2.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-e9e3.html

『動物奇想展開』(2009/05/16)
http://minoru-iroiro2.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-122d.html

『 霧とか、 』  ー 鵜原理想郷 ー(2009/07/11)
http://minoru-iroiro2.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-9b9f.html


よろしく、お楽しみください。


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2009年7月11日 (土)

『 霧とか、』  ー 鵜原理想郷 ー

休みの日が、久しぶりに『晴れ』そうということで、夏を感じる為にも海へ行くことにした。

まずは『浜松町』から高速バスで、『御宿』行きに乗り、『勝浦』まで、二時間ちょっと。

『7:10』発の便に乗車するため、朝、五時過ぎに起きている。
バスの中で持参したおにぎりを食べ暫くすると、睡魔に襲われた。

『勝浦』が近くなり、車窓の外へ眼をやるも、空模様がすぐれない。
雲が低いのだと思っていた。

到着し、すぐさまJR外房線に乗り換え、隣の『鵜原』へ。

駅を下りて、太平洋を望む『鵜原理想郷』向かう。
そんなに観光地化されていないようだが、駅前には『観光案内所』らしき掘っ建て小屋と、近隣の観光マップの看板があった。

雨の後のように落ち葉や日陰が濡れている。
短いトンネルを二つ抜けて右へ。

『理想郷駐車場』を越えて、漁港、またトンネル、抜けると船着き場。
奥は、ダイビングスクールの建物。

大昔の潜水ヘルメットが、真四角の窓の奥に置かれていて、らしい絵柄だ。

結局、道に迷っていたわけで、戻ることに。

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『理想郷駐車場』の脇の細い途を抜けていくと、またトンネルが、…。
トンネルは雫を垂らし、足許を濡らしている。
生き物の体内を歩いている感じもした。

『理想郷』の『展望台』を目指して歩いていく。
が、石柱の道しるべは文字も見えにくく、指している道が分かりにくい。

僕の霜降りのTシャツは、汗で背中のほとんどの色を変えてしまった。
暑くは感じていなかったが、蒸していた。

土と草と木の中を歩き、頂上と見られる展望の良い『黄昏の丘』は、いったん、トイレの方に下る途中の脇の道を上がるところにあった。
すれ違った年配ハイキンググループに、道を訊かれ、知らないのにいい加減なことを言って、結果嘘を教えてしまった。
(彼らは『毛戸岬』(けどみさき)へ向かうはめになった。)


頂上と言っても、海抜何十メートルだろうか。(30メートルでした。)
しかし、180°以上広がっているはずの海の景色は遠く見渡すことはできない。
(『理想郷』で『黄昏れる』ということか)

ガスって何も見えない。
「気象観測状、視程1キロ未満が『霧』」と言うらしいが、それだ。(それ以上が『靄』と言うらしい)

『白鳳岬』からは切り立った崖、波と風に浸食された風景と眼下の岩場のみを見ることができる。
ところどころに、『崖に近づかないように』とある。
崩れ落ちる危険性があるというのだ。


ハイキングコースマップでは、島の周りを歩けるように解釈できる道の図があるのだが、そこに下りようとすると、『毛戸岬』。『手弱女平』(たおやめだいら)。
とやはり『崖』の上にしか出られなかった。
『リアス式海岸』なのだそうだ。
果たして、崖の上もまた風食された岩がサイケデリックなフォルムを刻んでいる。


『黄昏の丘』へ行く途中、林の脇から「ちらり」と見えた、プライベートビーチの様なところへ降りてみればよかった、と思った。
二十年前に訪れた『タイ』の或る島の西側、『パラダイスビーチ』と呼ばれていた海岸を彷彿とさせる雰囲気があったからだ。
そこでは、西洋人が海に腰を浸けながら本を読んでいて、とても印象的だった。


つづいて『日本の渚・百選』に選ばれている『鵜原海岸』へ。

が、やはり『霧』で海への視界も閉ざされたまま。
まだ時間が早いからだろう。
午後になれば、晴れるだろうと、次なる目的地へ。

               (つづく)
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2009年7月 5日 (日)

『 マイケル・ジャクソン 』

『マイケル・ジャクソンのダンスがなぜ飽きないのか』

『You Tube』で他のダンサーのそれと見比べてみた。

ヒップホップのダンサー達の、ロボットダンスも、アニメーションダンスも、曲に合っているし、もちろん上手だ。

それだけを見ているとかなり満足していたのだが、やはり、マイケルのダンスと比べるとどうにも敵わない。

マイケルの細長い、身体。もちろん手、脚、腰、胸、肩までの動きのしなやかなこと。
さりげなく、カッコ良く、線が綺麗で、リズム感がいいし、センスがいい。

曲の中に同じ動きが何度入ろうとも、そのタイミング、キレがすこぶるイイ上に、なんともドラマチックだ。


もちろんマイケルは歌も歌っているということが、決定的に違う。

僕なんか、英語なんてからきし駄目な上に、もともと、日本の歌謡曲の歌詞すら頭に入ってこない口なのだけれど、
歌詞に合わせての振りが絶妙だし、やはりその曲と歌声も『キング・オブ・ポップ』と言われるだけのものだ。
世界中の何万人、何億人の人を惹き付けてきたのだろうか。

これほどのエンターテナーはおそらく二度と現れないだろう。

この文章もPCの画面を半分に分けて、『You Tube』を見ながら書いている。

画面の中の彼を見ているとどうして、ただ歌って踊るだけの、パフォーマーになれなかったのだろうかと頭を過る。

肌の色を白くしたり、整形をしたり、自宅に遊園地を作ってみたり、様々なスキャンダラスな噂を振りまいてきた。

唯一無二の天賦の才を持ったまさにスーパースター。
ナイーブな精神と限界まで酷使し続けてきた肉体のことを誰が、どれほどのことを分かるというのか。


1990年代だっただろうか、マイケルが自ら、『冷凍人間』になって、何年後かに蘇るといったSFホラー的な話しもあったような記憶がある。
『ピーターパンシンドローム』というのも、この頃に流行った言葉だったと思う。


彼は完璧な『マイケル・ジャクソン』というキャラクターでありながら、とても脆い『人間』でもあった。
だからこそ、そこに大きな魅力があったのだと思う。


残念ながら、というか喜ぶべきなのだろうけれど、マイケル・ジャクソンはれっきとした人間だった。
そして、その天寿を全うするに至った。

あらためて、彼のご冥福をお祈りする。


               

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