『 離れる 』 ー 子供編 3 ー
夕食の時、おじさんは白いランニングシャツから出した腕で、大きな御飯茶碗を持って、箸でカリカリと米を啜った。
そしてその中身に驚いた。
白い御飯が白い牛乳の中にひたひたと浸かっていたのだ。
いわゆる『牛乳茶漬け』だ。(茶漬けは『お茶』だろうに)
『美味いんだぁ』
と北海道独特のイントネーションで言う。
眼鏡の奥の目を丸くして、おじさんはイタズラっぽく笑っていた。
おばさん家のごはんは家(うち)のごはんとはなにかが違っていた。
北海道の家だからという風土の問題でもなかったような気がする。
けっして不味いわけでも、端折っているわけでもなかった。
単に他人の家庭の味なのかもしれないけどね。
僕のうちは、東京は下町の二軒長屋の一軒で、夕方に遊びから帰ってくると、路地裏には煮物や焼き魚など、夕餉の匂いがそこここに漂っていた。
末っ子の僕は、お婆ちゃんや母のあたたかく甘い味に慣れ親しんでいたのだと思う。
八月十五日。夏休みの真ん中。終戦記念日。
この日は兄の誕生日だ。
おばさんのうちから、夜、東京の実家へ電話をかけた。
はて、それとも北海道にかかってきたのかもしれない。
僕は電話をとって代わってもらい、母の声を聞いた。
果たして、二週間か二十日ぶり程度のことだ。
僕の口は曲がり、喋ることができなかった。
僕の瞳からは涙が溢れはじめていた。
おばさんちの蛍光灯が青白く揺れていた。
たかだか、二、三週間ばかり東京を離れ、母親と離れただけだったのに、僕はその声を聞いただけで、余りにも遠い場所にいることに気付いたのだ。
そういえばこの日の朝だったか、牛舎で新たな命が誕生していた。
身体の毛は溶液を纏い、黒くキラキラと光っていた。
母牛から産み落とされてまもなく、細い脚を『ハ』の字にして子牛は立ち上がった。
彼等は本能として、敵から自分の身を守る為に生まれてすぐ立ち上がれるということだ。
それに比べて、10歳の頃の僕って奴はまったくだらしがない。
今年、44歳。
10歳の姪と8歳の甥には、はたして僕自身がどのように映っているのか。
僕のどんな言葉が、彼らの記憶の中に残っているのだろうか。
僕はどれほどしっかりと地に脚をつけて生活をしているのであろうか。
(了)
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