『 タイフーンラッシュ 』
本土に上陸するのは、およそ30年ぶりと言われた大きい台風が日本を縦断した。
首都圏はちょうど通勤時間帯に直撃を受け、大雨と暴風に混乱を余儀なくされる。
(それにしても、台風がまだ近所にいる時に晴れ間が差し込んできたのには驚いた。 …結局、東京に再び雨が降ることはなかった。)
ホームに流れてきたステンレスの車両には、一両目からぎっしりと人が詰め込まれていた。
JRが軒並み運転を見合わせてしまい、振替輸送の乗客がこの路線に集中してしまったからだろう。
二両目、三両目ともステンレスでコーティングされた人の塊といった体だ。
僕の乗る車両が目の前に止まり、扉が開いた。
しかし誰一人として降りる気配もない。
それでも僕を含め何人かの、おそらく三、四人がその中に入り込もうとする。
二十年以上前に聞いた話しだが、ラッシュに慣れた(中央線の)人が語っていた乗りテクを思い出した。
『足場が20cm四方もあれば十分。』
『ポジションは、扉の端の方。』
それは、『閉まる扉の力を利用して、身体を車内に押し込む為』なのだという。
どう見ても乗り込める余地はなさそうだが、見下ろしてみると、足を置くだけのスペースがあった。
僕はそこにつま先を入れ、扉の上の方に手を掛け、扉が閉まるのを待った。
二人くらいが入るのを諦めていた。
扉が何度も閉まったり、開いたりしていた。
しかしなるほど、僕はくるりと電車の中に入り込むことに成功した。
閉まったら、そこからは地獄絵図のようだった。
呻き声、ため息、咳、体臭、これらがひといきれとなって車内上方のわずかな空気を汚染する。
衣服やバッグの擦れる音、潰れる音。
肉が歪み、骨が軋む音すら聞こえてきそうだった。
僕自身心臓がキュンとして、ふくらはぎピンとした感じがあった。
次の駅にも、そのまた次の駅にも整列して待つ人々がホームを埋めていた。
ターミナル駅でも並んでいた人の二割も乗れなかったのではなかろうか。
降り乗りのたびに苛立つ人の叫び声が飛ぶ。
ある駅で、
『あんた何やってんのよぉ!!さっきからさぁ!!』
と女性の声が車内に響く。
上着を着ていないサラリーマン風の男の挙動がちょっと前から、少しおかしかったように僕にも見えていた。
男は何もしていない、と反論していた。
その男の顔から垂れる汗が、若いビジネスマンの洒落たスーツの肩を染みらせていった。
またある駅では、中年男性が甲高い声で怒鳴り、
また次の駅では、
『赤ちゃんが降ります!』『赤ちゃんが降ります!』『ちょっと待って下さい!』とお母さんが声を張り上げる。
扉が開くたびに押されて降り、また押されて乗り、扉が閉まっていても、結局は身動きがとれないほど四方八方から押されていた。
押されながらバランスをとるのは体力がいる。
『おしくらまんじゅう』だ。
結局、僕の降りた駅でかなりの人が降りて、この台風による僕の通勤ラッシュは終焉を迎えた。
この日各所で交通機関の混乱が、通勤への支障をきたしていた。
電車内に閉じ込められた乗客が線路を歩いて次の駅へ向ったり、
振替輸送の乗客がホームに溢れて、運転を見合わせたり、とか。
まったく僕らの未来への線路は、果たしてどこへ向っているのだろうか、と言うとちょっと大袈裟かなぁ。
(了)
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