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2014年1月

2014年1月27日 (月)

『 モノクロームの山道 』

とある北関東のお寺に御詣りへいった。

『今から千二百余年前に修験の行者、役の小角によって「観音の霊窟」(鍾乳洞)が見つけられ、天平神護元年(765年)日光山繁栄の源を作られた勝道上人によって開山され』
『弘法大師御作の千手観音菩薩をご本尊とする坂東三十三観音第十七番札所』にもなっている古刹にだ。

  

 最寄り駅から、市の運営と思われる『ふれあいバス』で五十分ほどの道のりを揺られることになる。

  20人ほど乗れるマイクロバスに乗客は私のみ。

  別の市内循環バスには数人の通勤、通学の利用者があった。

  車が発車する。

  朝の8時過ぎだったが、駅前通りは田舎の町らしく人通りも車の量も少ない。

  片側二車線の県道を経て、間もなく田舎道に。

  田んぼや畑が、役目を終えて疲れはてているかのよう。

   遠くに雪化粧を施した連山が見えたのは良かった。

 終点の観音様のバス停まであと15分ほどとなり、景色が変わった。

 採石場である。

  砂利石は山から掘られるのか、と考える。

  山砂、海砂とあるのは知っていたが、その粒の大きさのものは、海じゃないかと思っていた。

 車窓から山を見上げると確かに削り取られている。

『山肌がギザギザ』になっていた。などと想っていると更に景色は一変した。


  辺りは道も、建屋も、工業用機材も全て白くなっていた。

  塗られたり、吹き付けられたりしたのではなく、白色そのものになっているようだ。

  良く間違えば、地中海の街並みのように見えないことも、……、いや、それはないか。

  石灰をつくる工場やダンプに積載する車庫が道の両側に構えていたのだった。

  コンベアーや排出機材、さらにはダンプカーが、舞い上がる粉塵がこの白い世界を作り上げているのだ。

  街全体が彫刻のようだ、

   活動しているのに凍結したように見えるのも、白一色に染まっているからだろう。

 石灰岩が採れるんだなぁ、とまた、車窓から山を見上げたりする。

 そしてこの石灰が高層ビルや防波堤なんかに姿をかえるのか、と想い、耽る。

  ダンプカーが地を唸らせ道を行き交う。

 この『白』と言っていたけど、やはり『灰色』がかっている。

 石灰が素だから、当たり前かもしれないけどね。

  

 暫くして観音様に到着。

 観音様の奥の院には鍾乳洞があるという。

 鍾乳石で自然に作られた十一面観世音菩薩まであるのだ。

 帰りのバスの時間を気にして、見には行かなかったけど、これも石灰の山だからだろう。


  帰り道、また石灰工場を通過しかかって、

『あっ、カメラ。』と思うも、仕度をしたときにはもうその白の世界は終ってしまった。

 少し降りたところには、海に沈められるテトラポットが置かれたりしていた。

 とても絵になる風景だったのになぁ、と舌を打つも、走っているバスの車窓から何が撮れるのだ、と自分に言い聞かせる。

  

  1200年以上の昔、修行僧や宮大工や仏彫師がこの山奥にお寺を作っていた頃、誰がこの山を削リ出すことを想像しただろうか。

  通りかかっただけのその白の山道は、歴史ある古刹より僕の記憶にしっかりと刷り込まれていたのだった。

                (了)

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