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2014年8月

2014年8月22日 (金)

『 禁断の飲み物 』 -後編-

薄く麻っぽい生地のグレーのワンピースを着たおばあちゃん。

白地に紺色とクロームメッキの取っ手の冷蔵庫。
おそらく250L程度。

ネズミが走り回るお勝手に、ブリキ職人だったおじいさんが手作りしたステンレスの流し、トタンの換気口。
(レンジフードのようにコンロに被さっていた。)
荒神様の札が貼ってあった、油なのか茶色に染まった柱。

70センチ四方のコタツ机を囲む食卓。

夕げの匂い、煮物、カレーライス。

麦茶。(砂糖なし)

****************

口に入れた瞬間、40年前の味が甦ってきた。

そうそう、これこれ。

しかし、直接麦を煮ていないからか、なんか味が足りない。
いや、もちろん味なのだけれど、なにかが違う。

部屋の明るさや匂いが違う。
僕の年齢も違えば、身長も随分と大きくなった。
早く言えばオジサンになっている。
まぁ、何もかも違う。

多くの経験をし、沢山のモノを手にしているのに、それほどモノがなかった当時の味が感じられない。


あの頃の方が、モノが無い代わりに、有り難みや、想像力や、時間があった。

もっとコンパクトな生活だったかもしれないが、心が豊かだったような気がする。


僕が『禁断』と感じたのは、
『砂糖入りの冷たい麦茶』を飲むことで、実は今の自分の心の貧しさが露呈するのをなんとなく感じていたからではないかと思った。


僕はまた、この『禁断の飲み物』を暫く封印しておくことにしようと思った。

     (了)

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2014年8月21日 (木)

『 禁断の飲み物 』 -中編-

何故に今、『禁断』なのかといえば、貧乏ったらしく思えるからだ。


家で作った麦茶に砂糖を入れて、ジュースを飲んでいるかのような贅沢感を味わっていた訳で、
あれから40年もの時が過ぎ、溢れかえるほどの清涼飲料やお茶の類いがあるなか、それを現代に味わってもいいものか、というところだ。

しかし、コレがなんとも微妙に美味しかったんだよなぁ。


今でも、麦茶は沸かしたお湯で点ててはいるけれど、昔のように麦を直接ヤカンで煮だすような贅沢さ(スローライフという意味でね。)はない。


煮出している時の薫りのことを芳醇というのではないか。

またこの方法のほうがコクがあるし、麦の風味や芳ばしさがよく出て間違いなく美味しい。

コーヒーと間違えてしまうくらいに味わいが深い。

そこにナポリのエスプレッソコーヒーよろしく
上白糖をたっぷりと投入。
スプーンでかき回してもなかなか溶けない砂糖粒がグラスの中で何周も何周も回っているのを、「早く溶けてくれー」、とずっと見つめていた。

グラニュー糖ではなく、上白糖というところがまた、貧乏ったらしいんだけどね。

**********   **********   **********

この夏、家に一人でいるでいるときだった。

まさに家には飲み物らしいものが見当たらなかった。
冷蔵庫には麦茶しかない。
たまたま、コーヒーも、野菜ジュースもカルピスも切らしていた。
(ビールはあったかもしれないけど)


僕はいけないと思いながら、母の三面鏡の引き出しを開けるかのような気持ちで、あの『砂糖入りの冷たい麦茶』を飲むことにした。

水だしもできるパック麦茶だが、お湯でたてているので、そこそこ濃い色をしている。
氷の入ったデュラレックス社(フランス製)のグラスに注ぐと瞬く間に表面が結露する。

麦茶に浮かぶ氷山に薄茶色の三温糖を、小さじ一杯を投入し、かき混ぜる。


カリンカリンと涼しい音色を聴かせて、氷と砂糖は冷たい麦茶の中で回りはじめた。
僕は40年前と同じようにその様を見つめ、タイムスリップした感覚に陥り始めた。

               (つづく)

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2014年8月20日 (水)

『 禁断の飲み物 』 -前編-

私はこの夏、とうとう或る飲み物に手を出してしまった。

※※※※※※※※※※※

景気が悪いとか、戻ったとか言うが、ものが溢れていることは、『バブル時代』『飽食の時代』なんてここ2、30年は変わっていない。

飲料品だってその例に洩れない。
全く品数が豊富で、選ぶのに困るなんてのを楽しんだりしている。


私の育った幼い頃、昭和40年代にはそれほど沢山の種類はなかった。


その頃に、とても印象的な夏の飲み物があった。

(時代の変わった今、僕はそれを『禁断の飲み物』と称している。)


それはチョコレートドリンク『ユーフー』でも、『チェリオ』でもない。
『Hi-Cアップル』でもなく、お米屋さんで売っていた『プラッシー』でもない。

お風呂屋さんで飲んだ『パイゲンC』は捨てがたいが、勿論『ラムネ』でも『カルピス』でもない。


それは何かというと、ヤカンで煮だした『麦茶』のことだ。

当時はどこの家でも当たり前に飲まれていた、と思う。

ぐつぐつと泡(あぶく)をたてて煮たっている。
麦の芳ばしい薫りが長屋の幾部屋を漂わす。
暫くおいてから、かねの盥に移し、流水であら熱をとって冷蔵庫で冷す。


カルピスやジュースを飲むときに使う背の高いグラスに氷を入れ、色も濃い麦茶を注ぐ。

そこに実は『上白糖』をたっぷりと混ぜるのである。

『砂糖入りの冷たい麦茶』

おやつの時間か、ティーブレイクのようなタイミングに出して貰ったと思う。

夜に飲んだ印象は薄い。

けれど、我が家の夏には欠かせない飲み物だった。

               (つづく)

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