スポーツ

2014年2月17日 (月)

 『 ソ チ 5 』 Vol.2

     ー 1 ー

5輪の代表選手が

『楽しんで』やります。とか、

『楽しめ』ました。とか、発言することが物議を醸しているようだ。

本人たちはきっと勝ちたいし、勝たなくちゃという想いは人一倍あると思う。
もちろん挫折感だってあるに違いない。

何故ならトップアスリートだからだ。

だけど、その事をプレッシャーに感じないようにするため

『楽しむ』と言っているだけでしょう。

国費を貪って、顔では渋い顔をして、腹では大笑いしている人なんかまだまだ一杯いるんじゃないの。

強きを挫いて欲しいもんです。

      ー 2 ー

ノルディック複合男子で、渡部暁斗選手が銀メダルを獲った。

おめでとう。

King of Ski荻原健司氏の金メダルから20年も経つのだそうだ。

その後のルール改正で、日本が得意だったジャンプの得点比率が下げられ、クロスカントリーの力が要求された。

そして20年経っての渡部選手の登場である。

(実際の登場は前の前の5輪からで、かなりの努力家だそうです。)

後続の第2集団に迫られることなく、堂々の銀メダル。

こんなのを見ると、僕はすぐその気になる。

通勤時、乗り換えの駅の階段を上がる時なんかは、二段飛ばしの大股開きで、ほとんどクロスカントリーの登り坂のフォームと見紛うばかりだ。

      ー 3 ー

羽生結弦君がアイススケート男子で金メダルを獲得した。

おめでとう。

ショートプログラムでは史上最高ポイントをあげたが、フリーの演技ではところどころでミスをおかしてしまったので、ドキドキだった。

それでも金メダルを獲れる人は獲るのだ。

5輪の女神ってのはやはりいるんだろうか。

      ー 4 ー

上村愛子さんが女子スキーモーグルで残念ながら4位に終わった。

5大会連続出場を果たし、階段を昇るように順位を1位ずつ上げてきたが、とうとう念願のメダルを獲得することは叶わなかった。

この時、女子スキージャンプの高梨沙羅ちゃんが、モーグルの順位に関わる採点に個人的に異議を唱えた、とウェブの情報を見た。

僕は、珍しいなぁ、と思いつつも、そんなことは自分の試合が終わるまで口に出したら駄目だよ、と思った。

すると、ジャンプのWカップで、表彰台をほぼ逃したことのない沙羅ちゃんが、4位の涙を流すことになった。

考えたくないけど、5輪の女神ってのはやはりいるんだろうか。

 

        5 ー

男子スキージャンプ、個人ラージヒルで、葛西紀明選手が7度目の5輪でとうとう念願の個人メダルを獲った。

おめでとうございます。

長年Wカップに参戦し、41歳の彼は『LEGEND』とさえ言われているのに、5輪での個人のメダルを獲ることが叶わなかった。

それもようやく過去の話になったわけで、5輪の女神もやっと微笑んでくれたんだと思ったのもつかの間、彼は共同の記者会見の席で、次回も、その次も、

45歳、49歳』になっても5輪に出たい、続けたいと発言したのだ。

女神だなんだって言っている遥か彼方を彼は翔んでいるのだと、感動させられた。



          (了)

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2014年2月13日 (木)

『  ソ チ 5  』

 

     ー 1 ー    

今回のオリンピックは、ロシア共和国のソチという町で、行われている。

期待と不安を胸に毎日を迎えている。

オリンピックってのは、選手たちの活躍や無念をリアルタイムで観たい、感じたいと思うのだけれども、時差があるとなかなかどうも。

今回は、7時間だという。

『深夜1時から、』とか、

『午前3時から、決勝!!』と言われても、そうそうは観られない。

翌日の仕事を考えれば、寝不足必至で、それはキツい。

なので今回は考え方を変えた。

良いところでも遅かったら、見ないで寝る。

そしてクリスマスイブのように『楽しみを夢にみる。』ことにした。

朝には素敵なプレゼントが置かれているに違いないってね。

  

    ー 2 ー    

ソチオリンピックだが、時差が7時間もあるのは仕方がないが、日本時間の深夜3時は向こうでも、夜の10時だという。

今回から始まる女子スキージャンプの決勝が日本時間午前2時半から放送だという。

 紅白歌合戦の第二部後半にだって出られないのに、

高校生の高梨沙羅ちゃんは雪の闇夜に飛ばされるのだから堪ったもんじゃない。

どこぞの国の放送権にからんでのことだろう。

5輪憲章ってのを読み返してみようっと。


     ー 3 ー   

メダル獲得有力選手の種目を前のめりになって応援して観ていても、あっさり4位とか、6位入賞とかで終わってしまう。

身勝手な話だけれど、なんともやり場のない気持ちに苛まれる。

当人達は、この日に懸けてトレーニングを積んできて、結果を出せず悔しい想いをしているのにだ。

しかし、彼らにとっても『あっさり』過ぎて、茫然自失という姿を目にする。

それはきっと、100分の1秒や数10㎝の記録を競うのに、1000分の1秒のタイミングのズレや、10000分の1秒の気持ちの揺らぎが左右しているからではないか。

世界最高峰のアスリート達の競い合いなのだから、仕方がないか。

    ー 4 ー   

男子スノーボードハーフパイプで、平野歩夢選手、平岡卓選手が銀メダルと銅メダルを獲得した。

とてもおめでたい。

絶対王者と言われていた『ショーン・ホワイト』選手が4位に終わった瞬間に、優勝したスイスの選手が彼、ホワイト選手と感動的なハグをしている後で、静かに帰り支度をしている十代の日本人選手達。


『ヨコノリ系』スポーツと言われた『スノーボード』。
今どきのノリノリな若者かと思いきや、二人とも、普段からとても大人しい性格だという。

スポーツは見た目で判断してはいけないと思った。
もちろん、好印象ですけどね。

    ー 5 ー   

上村愛子さんがとうとう5輪のメダル獲得には至らなかった。

なんと女子スキージャンプで、Wカップ13戦中10勝の戦績を飾っていた高梨沙羅ちゃんですらメダル獲得はならなかった。

この後控える浅田真央ちゃんや葛西選手の行方が気になるところである。

昔から応援してきて、彼らが経験してきたかつてのストーリーを知っていて、

思い入れが深くなっている。

しかし、結果がその目標に届かなかったとしても、僕らにはその健闘を讃えることしかできない。

は彼らの笑顔を見ることで、喜びを得られる訳で、

結果にとらわれず笑顔を見せてもらえれば、それだけで充分です。

なので、うつむくことなくまた、上を向いて歩いていって欲しいなぁ。 

                (了)

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2013年2月27日 (水)

『 オリンピックから、…… 』 

昼休み、同じ仕事場にいる男仲間とテーブルが一緒になった。

レスリングが2020年夏季オリンピックの中核競技から外れた話題になった。
オリンピックが商業至上主義になっていることは承知の上で、レスリングが好きな僕は、
『古代オリンピックから、…… 』とか、
『グレコローマンは、ギリシャとローマからきてる……』
なんて軽く話したつもりだった。
すると、彼は堰を切ったように喋りだした。
『オリンピックへの遠征費用ってどこが出してるか、知ってますかぁ。』
なぜか少しキレ気味だ。
『協賛企業じゃないの。』
僕はあまりモノを知らない。
『あれはJOCじゃないんですよ。』
と言って、続けた。
『ケイリンですよ。ケイリン。』
『へぇ、競輪ね。』
『経済産業省(管轄)なんですけどね、…… 』
『前にテレビのドキュメントでやってたんです…… 』
と彼は続けて話した。
『競輪選手達にはオリンピックの協賛レースってのがあって、賞金の4割だかを選手達は取られちゃうんですよ。』
『で、それなのにアトランタ(五輪)とか、競輪チームはメインの食堂から、一番離れた宿舎で、…… 』
目が吊り上がってきた。
『当時、(競輪の)トップ選手の神山とか、十文字とか、2億、1億稼いでんのに、○○(有名プロ野球選手の名前)とかの喰い散らかしたモンを食べさせられて、…… 』
『残り物なんだぁ、』と相づちを打つ。
『現地のボランティアの人達の手作りの飯で、納豆とか分け合って食べてるんですよぉ。』
今度は鼻が膨らんできた。
『金メダルを獲ったぁ、って帰ってきてチャラチャラとバラエティ番組に出て、誰のおかげだっ、って…』
『ケイリンですよ。』
もう半分怒ったようになってる。
『どっちみち全天候なんだから、そんなにやりたかったら、冬季オリンピックの種目でやらせてもらえばイイんすよ。』
とコレには笑ったけどね。
『俺からした、レスリングなんてどうだってイイっすよぉ。』
このフレーズは二、三度使っていた。
そう、彼は無類の競輪好きだったのだ。
                (了)

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2012年8月 4日 (土)

『 おりる 』

イチロー選手がマリナーズからヤンキースへ。
松井秀喜秀喜選手が、『戦力外通告』の見出しを見て、メジャーリーグの厳しさを感じるし、時の過ぎることの速さを感じてしまう。

彼らが年間最多安打を記録したり、ワールドシリーズでMVPを獲ったのは、ついこの間のことだと思っていた。


スターにはいつまでも輝いていて欲しいものだが、こちらが毎日よれよれの生活を過ごしているうちに、
体力や技術のギリギリのところで勝負している彼らにとっては、僅かな怪我や年齢的な微妙な衰えが、調子や成績を狂わせるのだろう。

仕方がないことだとは思うが、自分の好きな選手、尊敬する選手が活躍できなくなるのを、『枯れて』いく様を見るのは寂しいものだ。

ロンドンオリンピックでは、北島康介選手が、男子平泳ぎ100m、200mの3大会連続『金』メダルに挑戦したが、叶わなかった。

今シーズンの彼の調子やランキングからしたら、決して衰えたからではなく、
時の運であったとも言える。
イチロー選手や松井選手のように毎年、毎日試合をし続けるのと、四年に一度のオリンピックに照準をあわすのとでは全くといって良いほど、身体や気持ちの作り方が違うのではないか。

200m決勝をの4位に敗れて語った

『この四年間は自分との戦いだった。』

という言葉が心と身体の調整の難しさを物語っている。
もちろん怪我や調子(イメージというかフィーリングというか)を落としたこともあった中で、彼は仕上げてきた。

下馬評やマスコミの煽り。
前人未到の偉業に望む勝負師の気合い。

全てが重圧となったのは言うまでもない。
それでも言い訳をしないのが彼の魅力だと言われている。

最後のメドレーリレーに出場するらしいが、スターの座からおりる前にもう一度彼らしいナイスなコメントを残せるように頑張ってもらいたい。


               了

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2012年2月 8日 (水)

『 野球のことを二つほど 』

日本プロ野球でキャンプがスタートした。
横浜ベイスターズの中畑監督が注目浴びているようだが、ベイスターズといえば、ベースボールキャップがアメリカンナイズドされていて、良かったけど今度のはちょっと日本的というか、企業本位のような気がしてちょっと好きでない。
『ベイスターズ新ユニフォーム』

今年新鮮なのは中日だ。
白のベタ文字から、白縁の赤文字で、ちょっと斜体がかかっている。
動きが出たというかやはり新鮮で悪くない。
『中日新ユニフォーム』

僕は基本ジャイアンツファンだけど、しかも帽子好きなのに、ジャイアンツのオフィシャルキャップを被って街を歩きたいとは思わない。
街でも大人がジャイアンツの帽子を被っているのを見かけることはほとんどない。
小さい頃は、白地や黄色いジャイアンツ帽などよく被っていたけどね。
『ジャイアンツオフィシャルキャップ』

デザインもそうだけど、日本のプロ野球の帽子を被る恥ずかしさか、照れみたいなものもどこかにあるのだろう。
たまに、70歳近いおじさんなんかが、阪神の帽子を被っている姿を見かけても、なぜか異和感を感じてしまうし、これは日本の風土の問題なんだろうか。

そう言った意味では前の『ベイスターズ』のキャップは大人も、『ベイスターズ』を知らない人も被っていたような気がして、そのファッション性が照れを凌駕したと言ったら言い過ぎだろうか。
『旧ベイスターズベースボールキャップ』

メジャーリーグのベースボールキャップをお洒落に被るように日本のプロ野球チームの帽子を被る日はやってくるのだろうか。

野球場に観に行っているファンの人達は被っているのだとは思いますけどね。

*** *** *** *** *** *** *** *** *** ***

京浜急行の快特(電車)に乗っていて、川崎から横浜へ向かっている時だった。

『やっぱ京急は速いなぁ。』
と車窓から外の流れる景色を見て思った。

以前に上司が『京急は線路幅が広いらしいでぇ。』と言っていた。
そのこととスピードの因果関係をWEBで調べよう思っていて頓挫している。

ところで、このスピードはどれくらい出ているのかってふと思いついたのが、『ダルビッシュ』でもなく、『マー君』でもなく、『野茂投手』だった。
そう、投げる球のことである。

僕が野球に夢中になっていたの頃の剛速球投手といえば、阪神時代の『江夏豊』。
阪急の『山口高志』、中日の『小松辰(雄)』、広島の『津田(恒美)』、巨人の『江川卓』などだろう。(敬称を略させていただきました。)
時期は多少違えど名だたる投手達である。

江夏さんは大好きだったけれど、僕の記憶に残るのはパ・リーグや広島時代の技巧派に走りはじめていた頃だし、
江川さんが辞めてから日本プロ野球から遠のいた感のある僕としては、『江川投手のような剛速球』と言いたいところだが、ここという時にホームランを打たれてしまう球の軽さが『京急』の『快特』とは違ったのだ。

野茂投手は寡黙で、孤独で、以前にも書いたが(『二つの星』(2008年7月25日))その骨太なオーラが武士のようだ。
大きく振りかぶるワインドアップモーション。
彼の代名詞となった『トルネード』から繰出される剛速球は兵揃いのメジャーリーガー達を力でねじ伏せてきた。
そんな彼のイメージが『京急線』の『快特』と重なったのだ。

野茂投手の剛速球は唸りをあげて街を切って横浜へ向かって進んでいる。
僕は車窓から、その球に乗っている錯覚に陥っていた。

               (了)

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2011年7月20日 (水)

『 世界一 』 ー なでしこジャパン ー

いやぁ、世界一。
ワールドカップチャンピオンである。
素晴しい。

日本女子サッカー『なでしこジャパン』が女子ワールドカップ ドイツ大会で優勝した。

で、その瞬間をリアルタイムで観ることができた。
午前四時から、延長戦、PK戦まで起きていてしまった。
これから、仕事なのにね。


今まで、スポーツニュースでしか、観ていなかったので、ほぼフルに観たのは初めてである。

対戦したアメリカとは圧倒的な体力差を感じたけれど、『なでしこジャパン』の技術の巧みさ、運動量にはまったく驚いた。

なでしこジャパンの多くはおそらく150㎝台の人なのではないか。(実際には計21名中、5名でピッチに立ったのは4名でした。)
アングロサクソンの大きな女子アスリートと対面すると大人と子供と言ったら大袈裟だろうか。

パス回しや寄せの早いディフェンスは決して負けていなかった。
って、勝ったんだけどね。

MVPの澤選手からのスルーパスと宮間選手からの性格なクロスボールには正直目を円くした。


敵にリードされる試合展開だったけど、
『負けるんじゃないか、……』
と不安を感じる前にコチラも得点し、追いついていたので、落ち着いて観ることができた。
って、選手ではないのにね。

120分で決着がつかず、PK戦に入るときのなでしこジャパンの円陣には、佐々木監督始め選手達には随分と笑顔があった。
リラックスする為に無理して笑っているのではなく、ホントにここまで良くやった、という素の表情だと思った。
(実際、凱旋帰国した監督の言葉によると、『米国は勝ったと思っていただろうけど、われわれにとっては天からの恵みみたいな展開になったので、笑いが止まらなかったんですね。ギャグも一発やろうかなと……』ということだ。)

一方、FIFAランキング1位のアメリカは1位のプライド、アメリカ人のプライド。
追いつかれてしまった焦りや、絶対に勝たなくてはというプレッシャーからくるのか、表情が硬く見えた。

この時点で、日本の勝利を確信した人は多いのではないだろうか。


スポーツ観戦の時、応援するチームや選手を見守るときの独特な感覚が堪らない。
その時だけ評論家になっていたりもする。
(去年の『浅田真央ちゃん対キム・ヨナさんの対決』の時にも長い文章を書いたのだが、収拾がつかなくなって未完に終わっている。)

PK戦なんて運だから、どっちでもイイんだ、なんて負けたときのことを想像して、建前で意識的に思ったりするが、やっている人達からしたら大違いだろうし、やはり『金メダル』の方がイイ。

ゴールキーパーの海堀選手の『カン』が大正解だったことも間違いなく『なでしこジャパン』を優勝に導いた。
あれだけズバッと予想が嵌まると観ていても気持ちがよかった。

まったく、この瞬間を目の当たりにできてホントに嬉しい。
リプレイや繰り返し流されるダイジェスト、試合後のインタビューや選手達の出身地での観戦の様子なども何を見ても嬉しくなる。
僕が阿呆なのかもしれないが、それにしても凄いことだ。

金色(コンジキ)のテープ舞う中、トロフィーを掲げる『なでしこジャパン』の姿はまさにワールドチャンピオンを象徴していて、皆とても素敵に映っていた。

               (了)

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2008年9月10日 (水)

『悲願』 –4–

僕ら日本人は、小学生の頃から『リレー』とは慣れ親しんでいる。

リレーはチームワークだ。
バトンの受け渡しは最重要課題である。
僕の中学では体育大卒の教師に、無駄のないバトンパスを習ったりした。

僕ら日本人は小さな頃から『リレー』のチーム意識やバトンパスの技術の向上などを培う土壌があるということだろう。
朝原選手も日本一速い人だった訳だから、ずうっとリレーの選手だったはずだ。


日本チームは朝原選手を良き兄貴として、先輩としてリスペクトしてきたのでこの結果が得られたのだと思う。
しかし四人のうち、誰一人として100m決勝のトラックに立てない日本人選手が、バトンパスの技術でオリンピックの銅メダルを獲得したことは、賞讃に値するだろう。
アメリカチームがバトンを落としたのも技術の問題だ。


マスコミは史子夫人がアスリートで、元シンクロのメダリストであることを取り上げる。
昨年の世界陸上大阪大会での惨敗。
そして復活のドラマ。
人間なんて単純なものだから、もちろん奥さんの「内助の功」もあるに違いない。


しかし僕は、若い頃に朝原選手が世界に近づいたことが、日本人のスプリンター魂が徐々に湧き上がったことが、バトンパス技術を向上させたことが、今回のメダルに繋がった大きな理由だと思う。

日本チームのバトンパスは、アテネオリンピック男子4×100mリレーで朝原選手、末續選手、高平選手とともに、当時チームの一員だった、『土江寛裕』コーチの存在なくして語ることはできない。
バトンパスを短縮する為に様々な資料を収集し、検証を積み重ねたそうだ。
その成果が、今回、バトンゾーンでの世界一のタイムを記録したことに繋がっている。


四人のメダリスト達はレース後のインタビューで口々に日本短距離界の先人達のおかげであることを語った。
世界の壁を乗り越える可能性を見出したとき、朝原選手、末續選手、スター選手らの出現と努力によって現実化してきた。
結果の連続、つまりは日本短距離の歴史が礎となって、彼らは記録を打ち立てたのだ。
そしてその事へ感謝しているインタビューは奇麗事としてではなく、素直に好感の持てるものだった。

それにしても、日本女子ソフトボールの金メダルのウィニングボールといい、
男子4×100mリレーの銅メダルのバトンといい、
結果を手にした瞬間、興奮したアスリートに同じように天に投げられてしまうなんて、
その『悲願』の度合いを物語るにホント、象徴的な出来事だなぁと思った。

                  (了)

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2008年9月 6日 (土)

『悲願』 –3–

『オッ!オッー!』
ブラウン管の中、ランナーを目で追う。
ラスト、アンカー『朝原宣治』選手(36歳)が、おそらく、おそらく、間違いなく三番目にゴールラインを切った。

『やったーぁ!』

この感激の瞬間をテレビ放送とはいえ、リアルタイムで見ることができた。


朝原選手といえば、僕の世代からすると、『末續慎吾』選手よりもずうっと日本のスプリンターの代表だった。
日本人で100m、10秒の壁を初めて破るのではと期待をした選手である。
もう15年来以上になるのかぁ、

陸上で、100走というと『最速』というイメージがあるので、素人の僕にとっては『花形』の競技になる。
古くは、東京オリンピックで金メダルを獲ってNFLダラス・カウボーイズへ入団、活躍した『ボブ・ヘイズ』。
史上初めて10秒を切った『ジム・ハインズ』などの逸話に感心をした。
小学校五年生の時のモントリオールオリンピックのトリニダード・トバゴの金メダリスト(『ヘイズリー・クロフォード』)を真似て、赤と白の横縞のハイソックスを履いたりもした。

もちろん、『カール・ルイス』や『ベン・ジョンソン』の走りや、世界記録に酔いしれた1980年代。
『リロイ・バレル』や『モーリス・グリーン』も『カール・ルイス』のおかげで知るところとなる。


朝原選手は僕と年齢が六つか、七つかの違いなので、世代の感じ方は近いと思う。
(① もちろん、100走の第一線の当事者とは考え方は違いますが、)
(② そんな年頃の仲間が仕事場にいるから、ちょっとは分かるかな、と)

顔や風格なんかは、今年、四十三(しじゅうさん)になる僕より先輩に見えてしまう。
そして、『昭和の男』を感じさせてくれる。

学生時代に日本新記録を三度も更新したそうだ。
その頃のニュースの記憶が僕にとって、『日本短距離界のエース』といえば、
『朝原宣治』選手。というイメージになったのだと思う。

四大会ものオリンピックにでている。
もちろん、個人でメダルや決勝に進出するとは思ってはいなかった。
「準決勝」に進めればそれだけでニュースになるし、偉大なことだ。


『競技』というものは、不思議なものである。
皆がベストタイムで走ることができない。
本番になると国内で選出された時の、5位や6位のタイムだったり、
準決勝4位のタイムが、他の組の1位より早いタイムだったりと、その時の組み合わせやペースでもって、随分と変わってしまう。

今回の『男子4×100mリレー:銅メダル』なんかは良い例だ。
一人一人のタイムの足し算ではない、というのがよく分かる。

               (つづく) 次回は9/10(水)

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2008年8月30日 (土)

『悲願』 –2–

日本のスタジオには『宇津木麗華』さん(『ルネサス高崎』現監督)が彼らの偉業を祝福していた。

中国から『宇津木妙子』さん(『ルネサス高崎』現総監督)を慕い、来日。
帰化して『宇津木JAPAN』の立役者となる。
名字が同じなので、てっきり『宇津木妙子』さんのところに養子に入ったものだと思っていた。
しかしある情報サイトによると、帰化の際、日本名に尊敬する『宇津木』前監督の名前をそのまま取り入れたということだそうだ。


金メダル獲得翌日の朝の某ニュースワイドショーに出演していた『宇津木麗華』監督(『ルネサス高崎』)は、
決勝前日  — というのはソフトボールが特殊な決勝のトーナメント方式『ページ・システム』を採用しているためそう言う表現に —  愛弟子である『上野由岐子』投手から日本に電話があったことを伝えた。

テレビ他、マスコミ、報道では
『大丈夫』
と語っていた上野投手だが、

準決勝と三位決定戦、延長戦を含む二試合21イニング、318球を投げきった後、
日本にいる『宇津木麗華』監督には

『カラダが動かない』

と洩らしていたことを宇津木氏本人の口から語られた。

僕は、世界トップクラスのアスリートと師弟二人の信頼関係を物語る逸話としても、とてもタイムリーなスクープ発言と思ったが、MCもコメンテーターも、それほど喰いつかず番組は過ぎていってしまった。


決勝までのトーナメント、二日で三試合の全てを完投、413球を投げきり、日本女子ソフトボールチームを金メダルへと導いた後、上野投手本人が語った言葉に

『勝ちたい気持ちが強いので勝つことができた』

というようなことがあった。

が、
『身も心も、ボロボロ』と語っていたり、「握力がなくなってきた」「指のマメが潰れていた」などの後日談も出てきた。
それが413球を投げきった身体と強い精神力を物語っている。

死闘を終え、翌日より数々のオリンピック特別番組やワイドショーに引っ張りだこになった。
ある番組は、上野投手が日頃、心においている言葉を語っていた。

『人に負けてもいい しかし やるべきことを やらない 自分の弱さには 絶対 負けたくない』

須永博士氏の著作『絶望より立つ』(七賢出版)にある言葉だそうだ。

これも、上野投手の強い心根を象徴するものだと思う。


優勝の瞬間、『宇津木麗華』さんは、ホテルかどこかの一室でルネサス関係者なのか、二人でテレビ観戦。そこに、おそらく一社の放送局のテレビカメラが待機、密着という様子だった。
カーキ色のTシャツにデニムジーンズとくだけた格好の彼は叫び、連れの女性と抱きつき、テレビの中の、北京にいる上野投手に向って

『ウエノォー、ウエノォー!』

と、くり返し呼びかけるように、そして涙を流していた。


自らの『夢』を愛弟子の上野投手が叶えてくれた喜び。
過去、二度の五輪大会で惜敗し、『銀』、『銅』。
トップを目指すアスリートでしか分かりえない喜びがそこにはあるのだろう。


                (つづく)

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2008年8月26日 (火)

『悲願』 –1–

日本女子ソフトボールがオリンピックで悲願の金メダルを獲得した。

仕事を終え、仕事場の食堂のテレビで独りその瞬間を目の当たりにできた。

『ヨォー!やったぁー!』と声を上げた。

そのまま、選手たちの歓喜の姿を眺めていたら後ろから

『凄いですねぇ、『金』ですねよネ』

と声を掛けられ、

『はい、(おかげさまで)』
とまるで自分のチームが勝って、お祝いの言葉をいただいたような気分だったが、
『そう、『金』、『金メダル』』
と微笑み返しをした。

それくらい、気持ちが入っていたし、嬉しかったのだと思う。
四年に一度のことなんだけどね。

そうソフトボールってのは、僕にとっては、四年に一度、開催される選手権大会のようなものだ。
しかし彼らは、悔しさや目標を糧に日々努力を積み重ねてきている。

過去、『宇津木JAPAN』が何度も、辛酸を嘗めてきたことだけは知っている。
後もう一歩というところで、『アメリカ』や『オーストラリア』などにその最高峰の座を阻まれてきたのだ。
今回だって実際、アメリカに二回も負けているんですからね。

僕の感情移入はその時の試合の惜しい負けぶりや涙や彼らの表情の記憶の蓄積によるものだ。


ソフトボールといえば、『日立高崎』ということは、十年くらい前に勤めていた会社の取引先に『日立高崎』があったので知っていた。
当時、ソフトボールの日本代表といったら、ほとんどそこに所属していたというのを聞いた。
(前回アテネオリンピック大会は15名中7名が『ルネサス』より選出)


今回の優勝投手『上野 由岐子』投手の所属チーム『ルネサス高崎』(正式には日立&ルネサス高崎)は、まさにその『日立高崎』が2003年より名称を変更していたのだった。
総監督「宇津木 妙子」、監督「宇津木 麗華」のコンビだ。
(今回の五輪メンバーは15名中4名)

テレビの解説をしていたのは宇津木妙子さんだった。
『宇津木JAPAN』とは、彼が監督をやっていたころの日本代表チームのことだ。

冷静な解説というより、やはりベンチにいるような、(ベンチにいたらもっと冷静なのかもしれないが)歓声や悲鳴、掛け声の連続だった。

そして、決勝最後のサードゴロをさばく広瀬選手の腕から、ファースト佐藤選手のミットにウィニングボールが納まる瞬間は

『よぉし、よぉぉし、ヨォォォシッ!!!』

と叫び、音声のみではあったが感涙に満ち溢れているのがわかった。

グラウンドで歓喜に包まれる選手たちの中で何人かの選手が、放送席の『宇津木妙子』さんに向かって手を振っていた。

彼女も正に今回の心のチームメイトの一人に違いなかった。


                (つづく)

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