住まい・インテリア

2007年12月12日 (水)

引越騒動記  『補修(床)-2-』

僕の借りていたぼろアパートの床のフローリングの板だ。
フローリングといっても様々で、うちのは4×35〜60cmくらいの細い板が、
35×70cmくらいの嵌め木材(はめぎざい)となって、敷き詰められている。

先のヒントをもとに、僕が思いついたのは、一番小さいパーツなら作れるのではないかと言う事だ。

僕はフローリングの一番上っ面の板を剥がして、ホームセンターを持ち歩いた。
それは色の確認とバルサというカンナで削りだしたような合板、
ウエハースのような趣のそれの厚みを合わせる為だ。

色はニスを重ね塗りをし、その回数でムラ気を出そうと考えた。
知り合いのペンキ屋職人さんに聞いたら、
「塗ってから、ウエスで拭き取ってみな、薄くな」
と言われ、二度塗りまで、ヤスリをかけた後、そうしてみた。
刷毛でたっぷり塗りすぎず、失敗が少ないのだろうと思った。
(本来はステインという染料っぽい塗料を塗り込む時の手法だ)

日にちを掛け、四度五度塗り重ねた。
バルサはなかなかイイ感じに色づいてゆき、
家の経年変化の微妙な雰囲気のある板に変化(へんげ)していった。

引っ越しの前日(どうしてここまで、日が迫らないとできないのだろうか)、
中途半端に裂けた板を改めてカッターと定規を使い、
あたかもそこが板の継ぎ目であるかのように切り取り、
様々な色のバルサ板をその空いたところに合わせて、切り抜き、
嵌めるように、木工用ボンドで貼り合わせていった。

僕は張り替えたフローリングの床を何度も、踏みならした。
引っかかりはないか、確認をしてみたり。
腕を組んで、眺めてみたり。
ほくそ笑んだり。

板は隙間なく埋め尽くされ、過去のフローリングと一体化していった。
(コレは大袈裟か)
我ながら見事なできばえと自画自賛した。

過去の記憶による見よう見真似と試行錯誤。
その日、襖の張り替えも含めた素人リフォームは完了した。
発つ鳥、後を汚さず。である。

が、しかし、

引越後、しばらくして、僕の部屋の修繕費の見積もりが、大家から送られてきた。
(本来なら、不動産屋からだろうに。)

そしてそこには、見栄えの悪い壁に対しての請求は一切なく、
上手くいったと思った方の、床に対しての費用発生が記されていた。
うちのワンちゃんの仕業、ということだろう。

まったく、上手くはいかないものだ、
まぁ、これはあくまでも、見積もりの話しだけどね。
           (了)


| | コメント (2)

2007年12月 9日 (日)

引越騒動記  『補修(床)-1-』

居間のフローリングの板も問題である。

ここはうちのワンちゃんの垂れたオシッコが原因で、板がふやけ、浮いてしまった。
そしてところどころの板は剥がれて下の板がむき出しになっている。
それでも、観葉植物にあげた水が、漏れ染みたのもあるんだけどね。

さぁ、どうしよう。
ホームセンターや材木屋さんを見て回っても、同じフローリングの嵌め木材(はめぎざい)など見当たらない。
なにしろ、築30年近くなるはずだからね。
また、組まれている一枚の板はないものかと探すも、やはりない。

ふと、僕の頭はひらめいた。

このひらめきの源(もと)にはうちの父が仕事で対面した命題を解決、乗り越えて来た時の発想をヒントにしている。

《「生卵及びゆで玉子の断面」の写真撮影。》

字面ではとても簡単そうな内容に思える。
が、実は大変難しい問題があった。
理科の教科書に載るものなので、「リアル」で「普遍的な」卵の写真を要求された訳で、
その際、卵の殻を直線で切らなければならない事になった。

ところでこの話はうちの父が専売特許のように話している事なので、
まずは、そこから語らせていただく、

父は写真業を営んでいる。
父の会社には多種多様な企業から、写真撮影の依頼がある。
流通、食品、飲食、旅客業、出版社、教育関係、などなど。

撮影には必ず「被写体」と「テーマ」が与えられる。
その条件をもとにいかに、リアルな写真を撮影するかが、カメラマン(コレは日本造語であり、正確にはフォトグラファー)の腕にかかってくる。
今の世なら合成写真もたやすく作れるだろう。
しかし、どんなにコンピューターグラフィックスの技術が向上しようとも写真撮影がなくならないのは、
そこにリアルさが表れるからだと思う。

卵の話だ。
普遍的な卵の断面とは。
卵は「白身」と「黄身」の他にも、「卵殻」と言われる「殻」
「胚」「カラザ」「卵殻膜」「気室」などで構成されている。
これらを的確な配置に写しとらなければならない。

そして難問は、殻の切断だ。
卵の殻は固いが脆い。
力のかかりようで、ギザギザに割れてしまう。
レーザーカッター、水圧カッターなどはどうだろうか?

とこの話はここまでにしておこう。
なぜなら、これは父の話だからね、
                          (つづく)

| | コメント (0)

2007年12月 2日 (日)

引越騒動記   『補修(壁-2)』

この補修方法は僕が三十代の失業中に、日雇いバイトで送られた先の仕上げ掃除の現場で教えてもらった。

・汚れやキズをつけてしまったボード材の上に同じボード材を重ねる。
・ずれないように二枚一度にカッターで切る。
・重ねた上側のボードが切れると、同じ線で下側のボードが切り抜かれる
・下側のボードを取り除くと、そのまま上側のボードがその場所にはまる。
という寸法だ。

ボードは奥に落ちないよう壁の裏側で、木材の切れ端か何かで木工用ボンドを塗られ、固定される。
あれ不思議、継ぎ目というか切れ目もほとんどわからず補修ができるプロの技だ。

しかしいざ自分の家の状況でやろうとすると、売っている新しいボードとは厚みが違う、色が違う、持ち運びが不便、などの理由で思うがままにならない。
そして、売られているボードには色が塗られていなかった。
何年も放置した結果、日が迫ってきて、実は先の現場と違う状況、環境に焦った。

張替えて、色を塗るか、‥‥‥と思うも
色を塗るには『色作り』が困難である。

高校時代のバイト先、ペンキ屋の親方が丸い筒缶に黄色いペンキをたらしていた。
中身は淡い浅葱色(僅かに緑がかった空色)を作っていた。
とても微妙な色で、同じ色を作り足すことの難しさを語っていた。

売られている一色のペンキを塗るだけでなく、お客さんの注文に合う色を作って塗っていた職人の技だ。
まさに匙加減ひとつで随分変わってしまうらしい。

《 僕にそんな真似ができるわけがあるまい。》

結局、うちの壁はひび割れ、陥没した周りを四角く切り取り、
割れたところに木工用ボンドを塗り、ジグソーパズルのように嵌め合わせ、裏からボール紙で補強した。
表面は、割れたところに、補修用パテを塗りこみ、
壁の裏側にベニヤ板を張り、木工用ボンドで、元に戻した。

小学生のときに作ったプラモデル。
中学のときに作った木製の折りたたみ椅子、鉄の棒を削った文鎮。
どれも見た目、上手とはいえない。
セメダイン(接着剤)は、はみ出し、合わせ目は、ずれ、安定は、しない。(「ま、いっか」の心の表れか)

この借家の玄関の右の壁は、今はやりの、昭和三十年から四十年代の長屋の壁のようにひび割れを残したままで、全体の色を塗ることも諦めることにした。

                               (了)

| | コメント (0)

2007年11月28日 (水)

引越騒動記  『補修(壁-1)』

今回、新居へ引っ越す際に、旧宅のそこかしこを補修しなければならなければならない事情があった。
それは、そこが賃貸で、飼ってはいけない動物《犬》と生活をしていたことにある。

うちのワンちゃんが作った破損、損傷部位に関しては、
「敷金から引」かれる、
という約束を二回前の更新時にさせられた。

じゃぁ、「その部分」と思われてしまう所は、直しちゃいましょう。
ということになった。しかも、僕自身の手で、だ。
大工、ペンキ屋、左官、鳶、内装工とひと通り若いうちにアルバイト経験はある。
やり方の経験値は多少あるので、ここはこうしよう、あすこはああしよう、とだけ思って、イメージはできていた。

玄関入ってすぐの右側の壁が、上下50cmにわたり縦にひびが入り、陥没している。
これはうちの小さなワンちゃん(ロングコートチワワ)が作ったものでは毛頭ない。
酔っ払って倒れ掛かったわけでも、ものすごい夫婦喧嘩が原因でもない。
朝、家を出るとき、靴を履こうと片足を上げたその時に、
僕がバランスを崩してちょっと肘を突いたまでである。

『あっ!えぇっー!』
驚きがおこった後、
(どうしてぇ!?)
(そんな力も入ってないのに)
(でも、どうしよう?)
(お金かかるかなぁ?)
(家内に怒られるかなぁ?)
(でも、笑っちゃうよな)
などと次から次へと、少しずつ、湧いてきた。
しかし、結局いつものように(ま、いっか、補修すればいいんだ)と思い直したのだった。

                                             (つづく)

| | コメント (0)

2007年11月19日 (月)

引越騒動記 『もったいない』

『ふくちゃん』はリサイクル家電の回収屋さんで、
近頃よく都心の住宅地を軽トラックでのんびり回っている人たちの一人だ。

ふくちゃんは、年齢不詳だが30歳は越えているだろう。
家内に聞いたら、自分でその会社を開いているらしく、
「福山」だか「福田」だか「福原」とかいう、リサイクル屋さんだから、
『ふくちゃん』なのだそうだ。
もちろん、彼本人は自分でそうは呼んでいないけれどね。

ふくちゃんは『冷蔵庫は小型が売れるんですよね。』とか
『洗濯機はステンレス槽、高く売れます。』とか話し掛けてきた。
(はぁ、)と感心したら、
『高い言うても5〜600円ですけど、』
と少し気まずそうに付け足した。

テレビのニュース内の特集で、リサイクル家電販売業の事を報じていた。
一日に10,000点もの回収があり、毎日、大型コンテナ100本分の廃棄家電が輸出されている。
その企業の年商は現在60億円だそうだ。
パキスタンやアフリカのバイヤー達が言う、
『日本は捨てるのが早い。』
『日本人にとって、ゴミでも、僕らの国ではゴミではない』
『もったいないねぇ』

知らない人からはゴミのように見えても、
その持ち主にとっての想いは、とうてい捨てられるものではない。

引越は多くのものを捨てて行かないと、荷物も仕事も治まらないと言われる。
しかし、僕は捨てる事がままならない。
型や柄がイイ、しっかりした箱なんかが捨てられないタイプだ。
人からの貰い物や、旅先でのアミューズメントパークチケットの半券、乗り物の切符なども捨てられない。

僕と家内は引越の手伝いで来ている友人から様々なものを捨てられないよう、一致団結した。

「電子レンジ対応容器の蓋(案外街で見ない)」
「結婚前に実家から持ち出した焦げ焦げの雪平鍋(僕の)」
と「色あせたアルマイトの鍋ぶた」
「分解されたままのタオルハンガーの棒」
「ペンのキャップが外れてインクが染みてしまった葉書差し」

『プレミアム品』と呼ばれる企業が出す販売促進に使われる、いわゆる『おまけ』
これは捨てられない。
売っていないものは貴重だ。
そして、20年前に僕が書いた『原稿』の数々。
(40歳になったら、夏目漱石さんのように作家デビューを夢見ていた頃のものだ。)

『もったいない』と言うのはまだ使えるもの、直して使えるものを捨ててしまう事だけど。
僕の「捨てられないモノ」の群は、どこかでまだ使えると思っているものか、
単に未練がましいと言う事か、判断をする事が面倒なのか、どれかなのでしょう。

捨てないで済む家のキャパがあれば、それはそれは、イイじゃあないですか。
人に迷惑を掛けなければネ。
近頃、コレまたよくニュースになる「ゴミ屋敷」、そこの住人の心理に似ているのか?

今のところ我が家の新居は、
リサイクルショップでもゴミ屋敷の体(てい)でもないけどね。
                                                                               (了)


| | コメント (0)