学問・資格

2010年11月10日 (水)

『 第二段階 』ー いろはの「ろ」 ー

いよいよ、第二段階だ。
メインは路上教習だろう。

免許を取ったら、実際に公道を、自動車で走ることを、運転を許される訳だから、現実的な運転の練習だし、一般の人達と交ざっての通行をして(これぞ交通)流れにのれるかなどを予行演習するということだろう。

それにしても、交わるのは自動車だけではない。
人や自転車も一緒なのだ。
それはもう不安でいっぱいである。

第二段階の技能教習の一時限目は、所内で『点検の研修』と『急ブレーキ』である。
キャンセル待ちで取ることができた。
機械が苦手の僕がボンネットを開け、エンジンオイルの点検なんかをしちゃう。

急ブレーキなんてのは、町場で使わない方が良い、と言われる。
が、ただ使えるようにしておかないと、案外踏み込めないらしい。

実際、僕はしっかりと踏み込むことができて、ABS(アンチロックブレーキシステム)を体感することができた。
指導員さんにも誉められた。


更にこの日、前兆もなく、だから心の準備もなく、路上に出ることになってしまった。
なぜなら、次の時限もキャンセルがあり、コマだか、指導員さんだかが空いてしまったからだろう。
『次もどうぞ、さぁどうぞ。』的に強く押されて、乗らざるをえなくなってしまったカンジ。

そして初めて同乗する指導員さんからは、元ヤンの臭い。
運転前の車両点検の時には、上から口調というか、語気がやや荒い。

『はい、じゃぁ準備ができたら、エンジンかけてぇ。』

僕はバックして教習所の奥の出口から車をすべらせた。
細い道だが、対抗車がある。
見通しの悪い『T』字交差点を左折して出る。

『はい、次の信号を左折です。左に寄っておいてくださぁい。』
『はい、2速で引っ張ってぇ、3速。』
『はい、次、右折しまぁす。確認、合図、目視ねぇ。』
僕より若いはずなのに、ゆったりと落ちついた低い声で言う。
自信なのだろうが、凄みすら感じるその声に安心感を覚えた。

『横断歩道に誰もいませんから、そのまま行ってくださぁい。』
『前の車が止まる合図を出してますから、右に合図を出してから、目視してぇ、避けて抜いてください。』
とまぁ、逐一指示を出してくれるので、運転はできている。


『ブレーキがおそいのは、視点が眼の前の車のブレーキに合わせてるからですね。』
と、途中停車した時には、そんな指摘を受けたけど、まぁ、普通にいけたかな。

片側一車線道路を運転をしていると、
「この人、ここ(横断歩道)を渡るんだろうなぁ」
と想像はついたけど、まったく車の方を向かない歩行者がいた。
無神経というか、危険に対する意識が低いのか、身勝手なのか。

コース終盤、二回目の停車の時、指導員さんは静かに語りだした。
『今の時代、車はトラックとかを除けば、ほとんどオートマ車なのに、どうして敢て複雑で難しいマニュアル車を乗るか……。』

『今ここで、マニュアル車を練習して、余裕ができる。更に簡単なオートマ車になれば、もっと余裕ができる。そうすれば、安全運転に繋がる。』

『自分の大事な人を乗せると考えれば、安全に、事故を起こさないような運転になりますよね。』
『僕は自分のまだ小さい子供を乗せて、寝かせてあげたいと思います。』
『ゆりかごのつもりで運転してます。』
僕はその元ヤンの指導員さんから溢れ出た言葉に感心した。
なかなか良い先生だ。
初の路上教習が彼で良かったと思った。

『上手くできてましたよ。なにしろエンストしなかったのが、良かったです。』
僕は少し自信が持てた。
免許を取ってからも、ずっと僕の隣にいてくれればイイのにと思った。

               (了)

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2010年10月31日 (日)

『 仮免狂走曲 』  −完−

《 仮免学科試験、発表 》

テーブル席の椅子に座り込んでいると、李さん(件の中国人)が話しかけてきた。
どうだった、ああだった。
こうだった、などのやり取りをした。

明らかに彼は正解で、僕が不正解という問題が2問判明した。
自分で正解と思ったモノの中で、どれくらい間違いがあったか。
それによって、合否が大きく左右される状況になってきた。

僕はここで試験に落ちる訳にはいかなかった。
仕事の都合で、週に二日しか来られない。
スケジュール上、次の試験が一週間後になってしまうからだ。

三か月以内に第二段階までをクリアすれば、追加分の講習代金を払わなくて良いパックにも入ってもいた。

ほどなくして、案内の放送が流れた。
李さんと指定の教室に向った。

教室の前に番号が貼り出されていた。
上から三番目くらいに木の『11』番があったが、李さんの番号がない。
番号のある方が教室に入る指示だったが、どちらが合格したのかが分からない。
なぜなら、李さんも、その前の運転が上手な若者の番号もなかったから。

逆に再試験のメンバーで、もろに悪そうなお兄ちゃんが教室に入ってきたこともある。
僕は、振り向くことなく李さんと背中で離ればなれになった。
まぁ、それくらい僕には自信がなかったのだ。

僕は、振り向くことなく李さんと背中で離ればなれになった。

暫くして、指導員さんが壇上に立ち、僕らに『合格』を告げた。
『良かったぁ。』と思うと同時に『李さん』のことを残念に思った。


できていそうだったと彼と、合格した僕との違いには『言葉の壁』があったはずである。
だけど、それ以上に大きかったのは、きっとハングリー精神による集中力の差だったのだと思う。

僕は試験に落ちている暇はなかったのだ。
ともあれ、嬉しいのには変わりないんだけどね。

そして、いよいよ次回からは、第二段階での、路上教習が始まるのだ。
およそ30年もの間、遠ざけてきた危険や恐怖の中に、自ら身を投じる時がやってくるのだ。

果たして僕は、いかにしてその待ち構える艱難辛苦を乗り越えていくのだろうか。

               (了)

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2010年10月28日 (木)

『 仮免狂走曲 』  −13−

《 仮免学科試験、そして…… 》

近場でカレーライスを食べた。
試験に勝つ、という事で本来なら、「カツ丼」といきたいところだったが、『カツ』繋がりで「カツカレー」。
けど、結局カツの乗っていない只のカレーを注文し、願をかけるが、まったく意味が通らなくなっている。

早々に校内に戻り、問題集やら教習本やらを開いて最後のあがき。

『(試験前)仮免特別講座』があったので出た。
この時期に改めて感心した内容も出てきてしまった。
果たして、僕は何をやってきたのか。

教室を移っていよいよ本チャンの『仮免学科試験』だ。
僕の受験番号は『11』番。
僕の前に先の中国の人が座った。

まずは適性検査で運動能力を調べると言う。
手や首や足首などを回したり、屈伸をしたりしてから、視力検査。
全員合格。
最低限の能力の確認なのに、できなかったらどうしようと思っていると、フラつきそうになる。

検査を免除されている人達がいた。
しばらくして気づいたのだが、彼らはこの試験が初めてではない人達だった。
確かに試験勉強が苦手そうな雰囲気を醸し出していた。
僕はここで落ちてはいけないと強く思った。

が、『開始!』の号令とともに、僕の強い意志はいきなり崩れ落ちた。
僕がやってきた勉強の傾向とまったく違っていたのだ。
(おいおい、話しが違うぜ。)と頭の中でごちた。

常識と日本語の知識を振り絞り、考えた。
勉強したのにうる覚えという問題が三、四問。
こちらもタチが悪い。

『横断歩道、自転車横断帯の手前30メートル内で原動機付き二輪車を追い抜いた。』
の『○、×』の問い。
正解は『×』。
僕は『○』と点けてしまった。

『(試験前)仮免特別講座』を受けた際に、
『踏切内での追い抜きは、可(○)』
と知ってしまったことで、勘違いをしてしまった。

試験中に分からない問題や怪しい問題をピックアップしたところ、5問くらいだった。
一度見直しをしたら、それらが減ったり増えたりした。

僕の二つ前に座っていた若者、検定で同乗した運転の上手かった若者が、ものの15分か20分で試験を終えて出ていってしまった。
よほど自信があったのだろう。
僕は最後まで見直し、悩んだ。結局、途中退室をしないで丸々50分かけて、試験を終えた。

なんとも、もやもやした気持ちで教室を出た。

               (つづく)  

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2010年10月26日 (火)

『 仮免狂走曲 』  −12−

《 修了検定、そして…… 》

シートベルトがどうしても上手く留まらない。
検定の為に乗った指導員さんの表情が俄にチクチクと刺さり始めた。

ハッ、と目を覚まし起き上がると丸く小さな白い時計は、午前4時半をさしていた。

その後、6時にも教習内容が上手くいかない夢で目を覚ました。
今日の修了検定に、僕は意識下で、こんなにも緊張しているんだと思った。
高校や大学の受験当日以来だと思う。

昨晩は修了検定後の仮免学科試験用の勉強をしていたが、珍しく頭痛がしたので、酒も飲んでいないのに、午前0時前に眠りについた。
4時半に起きた時も頭がやたらに重かったので、頭痛薬を飲んでまた寝た。

目覚ましの時間には、頭痛はおさまっていたので、まずは良かった。

午前9時前に教習所内に着くと、指導員の姿はほとんどなく、男性事務員と僕と、もう一人の教習生しかいなかった。
修了検定の時間が迫るとともに人が増えてきた。

アナウンスで教室に集合がかかる。
全員で、二十名強。
受験番号は『3』。
自分の好きな番号で、幸先が良い。

何人かの指導員に振り分けられる。
普通自動車MT車(マニュアルトランスミッション車)は四名。

僕は三番目だ。
二番目の受験者と後部座席に同乗する。
所内で指導員さん以外の、いわば無免許の人の運転は初めてである。

人の運転を僕なりにチェックをした。
交差点や踏切での目視なされていなかったものの、『S』字もクランクも大胆でスピーディーだ。
経験者か、センスか、それとも若さか。

僕の番が来た。
受験番号を唱えた後、しっかりとシートベルトを留めることができた。

外周、坂道発進、踏切、車線変更の際の確認、合図、目視など。
『S』字すらクリアして、クランク。
今まで、ポールに当てたことは一度もない。
ゆっくり慌てずそれだけを注意した。
そして無事通過。

検定は終了した。
夢で見たような失敗やもどかしさのような動きは出なかったので、ホッとした。

ホールに控えているように言われたので、椅子に座っていると僕の前の受験者が声をかけてきた。
中国の人だった。

日本に来て九年で、日本人の奥さんと結婚して、一児の父らしい。
日本語もイントネーションこそ、あっ、中国の人だなと分かるけれど、ちょっと難しそうな言葉でも全然心配なく会話ができる。
中国語とのバイリンガルは引っぱりだこだろう。

エンジニアの仕事をしていて、今、暇な時期だそうで、集中して休みをとって通っているのだそうだ。
僕らは自分達の運転ぶりについて語り合った。

ほどなくして指導員の先生が現れ、検定の結果を発表をした。
四人とも、合格だった。

僕は話しも好きだけど、ここでこの中国の人と話していてはこの後の『仮免学科試験』に通らないかもしれないと思い、彼が奥さんに電話をしているうちに『また』と口でカタチを作り、その場を逃げるように立ち去った。

               (つづく)

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2010年10月21日 (木)

『 仮免狂走曲 』  −11−

《 第十四日目 『見きわめ』 》

『厭な言い方をする』指導員のおじさんが、さっきまでとはうってかわって、早口で事務的に僕の名前やら、教習生番号やら、更に実技教習してきた項目内容を読み上げて、
『…只今より見きわめ教習いたしますぅ〜。』
と少しお経を唱えるかのように文言を締めた。

『これは試験ではないので、落ち着いてやってください。』
とさっきと同じ指導員とは思えないトーンで言う。
諦めなのだろうか。

スタート地点から「坂道発進」。
降りて、「一時停止」、「踏切」、「見通しの悪い交差点の右左折」も滞りなく、周回を重ね終盤に差し掛かったところでクランク。
かつてほぼ失敗のなかったここで、なんと右後輪を縁石に乗り上げていた、らしい。
というのも、ゆっくり左折して出ようと思った時に気がついたのだ。

『あっ、』
と僕が声を上げると、
『気がつかなかったですか。』
と静かな口調で言う。
僕はその指導員のおじさんの言葉に唖然とした。

『は、はい。』
『まぁ、縁石に乗ってしまうのは、個人の問題なので、乗ったことに気付かなかったんであれば、仕方ないんでね。』
と、さっきと話しが180度違う。
正直、何を言いたいのかが分からない。
まさに奥歯にモノの挟まった物言いで、声も小さい。

この人が、ホントに今さっき、苛立ち気味に言葉を浴びせてきた人と同じなのかが信じられなかった。

怒っても仕方がない、この人「失格」、ぐらいに考えているのだろうか。
僕はそれでも、緊張の糸を解かずにコースを走り続けた。

そして『見きわめ』は終了した。
初めはヒステリックにも感じられた指導員のおじさんは、人が変わったのか、エネルギーが切れたのか。

車の中で、ボードに開かれた表を眺めていた。
そして最後に大人しく言った。

『見きわめ合格』。

僕はホッとしたし、感謝した。
そして、教習所ってところはなんだかんだ言っても通らせてくれるところなんだなぁ、と思ってしまった。

さぁ、次回は第一段階の『修了検定』とそれに受かれば、『仮免学科試験』だ。
いよいよ、僕の『新たなる道』が、そこにチャレンジする為の『公の道路』が見えてきたのである。

               (つづく)

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2010年10月19日 (火)

『 仮免狂走曲 』  −10−

《 第十四日目 》

はたしてコース内最後の技能教習となるのか。

残り三つの項目と『見きわめ』である。
先生は年輩の方だ。
車に乗って、会話しはじめると極普通のおじさんのようだ。

残っているといっても、 ほぼやり終えた項目なので、問題はないでしょ、ぐらいに言われたから自分でも少し安心し、余裕が持てた。

言われるままにコースを回る。
『見通しの悪い交差点の左折』で確認をして曲がれば良いところを、正面の交差する道路から右折してくる車がいたので、やり過ごそうと待っていたら、
『どぉしたのぉ、これやったんだよねぇ。やったんでしょぉ。どうして簡単な方の左折ができないのかなぁ。』
と突然声を荒げた。
『あっ、いや、正面に車がいたので、行ってはマズいのかと思いまして、…… 』
僕は明らかに動揺した。

坂道発進から、降りて、右折、一時停止、踏切の流れの中で、左からのバイクに気をつけて、言われながら降りてブレーキのタイミングが遅れた。
すると、
『ちょっと特別に見せてあげるね。』
と言って、年輩の指導員さんに車を降りるよう促された。

停止線を踏んでいたのだ。
『これも習ったでしょぉ。』
苛つきはピークに達していた。
『一時停止は停止線の前で止まらなければならないって、…… 』
僕は、『はぁ、はい。』
と答えるしかなかった。
更に、
『そのままアクセルを踏んだら車が壊れちゃうよ。』
と、
『あぁ、すいません。』
小心な僕は、すっかり先の指摘で動揺し、慌ててサイドブレーキをかけたまま発進しようとしたのだ。

指導員さんはただ苛立っていたのか、そういう性格の人なのか。
更にその次、今まで乗り上げたことなどなかった角で縁石を乗り上げた。

『あのさぁ、縁石に乗り上げたら、そこで戻らないと百点減点で一発で試験終了だよ。技能検定講座に出たんでしょ。言ってなかったかなぁ。』
凄い厭な、言い方をしたけれど、
『はぁ、言われたかもしれませんが、覚えていませんでした……。』
と答えるしかなかった。

散々である。
それでもこのすぐ後にこの指導員さんで『見きわめ』が始まるのだ。

               (つづく)

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2010年10月17日 (日)

『 仮免狂走曲 』  −9−

《 第十三日目 》

次の時間は技能14時間目。
見切り、ミカジメ、下見、見本、み、み、ミィー……。
『見きわめ』だ。

路上運転教習に値するか、技術がそこに達しているか、を見きわめる校内最後の教習である。
技能の教習項目は全部で、二十三項目ある。
これまで、オートマの二項目(21、22)を除いて、十三項目までしか終わっていない。
何日か前に、おそらく二時間ほど遅れていると言われたから、仕事がある身、休みに少しでも予約を入れたいので、見きわめまで達していないと判断されてもイイように、その先に予約をいれさせてもらってしたくらいだ。
で、今回はその前の教習である。

はたして、どれほど進むのか。

『標識の確認』
『見通しの悪い交差点の右左折』
『踏切の横断』
とか、
梅雨の雨上がり、湿度が高く、車内も建物もエアコンで冷やされているので、窓ガラスも霜が張ったように曇っていた。
その事を若い指導員さんが車内で話しかけてくるも、あいまいに
『はぁ、… 』と応えるのが精一杯だ。

コ−ス内の教習も終盤に差し掛かっているので、終了検定に向けて、復習を兼ねていろいろ聞いてきたり、指示をしたり。
直線半ばで、突然に、
『三速に入れてみましょうか。』
なんて言うもんだから、ギアがニュートラルから動かない。
きっとクラッチが踏み込めていないのだろう。

この段階にくると、先生らの対応が少し横柄に感じ始めた。
それは、指導員さんの性格的なものではなく、ここまでやってきて、それぐらいのことはやってよ、というような意識が感じられる。
鼻ため息や舌打ちが何度か聞こえてきたような気がした。

               (つづく)

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2010年10月15日 (金)

『 仮免狂走曲 』  −8−

《 第十一日目 》

今日は『S字』と『クランク』の徹底から。

まず、昨日の人と教え方が違う。
昨日の指導員さんは、
『縁石を前輪で越えるくらいのところから、一気に全部(ハンドルを)きる。』
と教えてくれたのに対して、今日の指導員さんは、
『縁石の手前あたりから、(ハンドルを)きり始め、前が当たりそうなら、(ハンドル回転を)足してあげる。』
ということだ。
なので、昨日のやり方をしたら、ハンドルさばきが慌ててて忙しい、と言われてしまった。
まぁ、全部きるにしても慌てることはないんだけどね。

ここまでで、運転技術の内容はお終いらしい。
次からは交通ルールに関する内容だそうだ。

で、『進路変更の方法』は、頭丸く、ギョロリとした大きな目の指導員さん。五十代。
たまにする瞬きがバチリと大きいので、お猿さんのようでもあり、爬虫類のようでもある。
飄々とした喋り方で、なかなか良い声を出す。

『あ、止まったらローに戻しましょう。』
『ルームミラー、サイドミラー、合図。目視ね。』
『うーん、ここで合図。合図ね。』

瞬時にその動作を行わないといけないのだが、
『ルームミラー、サイドミラー、目視、合図。』になってしまったり。
『目視、ルームミラー、サイドミラー、合図。』なったり。

『目視』の際に顔、身体をひねる訳だが、その時に一緒にハンドルも回してしまっている。
もちろん、少しだけど。
仮免を通った後の路上教習には、はたしてどんな困難が待ち受けているのだろうか。


《 第十二日目 》

今日は初めて一人で運転をする。
無線教習だ。
といっても問題は、発進時のクラッチ操作だけどね。
同時に三人で受けた。
オートマの女子。マニュアルの若者についで、三番目の発進である。
アクセルでエンジン音を確認しながら、クラッチを離していく。
前の若者に負けたくないという気持ちがすぐに起こった。

周回コースを重ねていくうちに
『おいおい、(車線の)キープレフトを忘れたかぁ。』
とか、
『(交差点のコーナーを)膨らみ過ぎだろう。』
とか思ってニヤついたりする余裕が出てきた。

交差点付近で渋滞する。
なぜかほぼ毎回、僕が交差点に入るか、入らないかくらいのところで、信号が黄色に変わるので、渡って前の車についていけない。
いい加減、五、六回目には『ちっ、クソッ!』と声に出してしまった。

『車に乗ると(運転すると)性格が変わるタイプ』なのだろうか。

やっと青でスタートしたらエンストした。
いやはや……。

終了後、教習生証を返してもらうと、本来ならば教習項目のクリアした番号が書かれている。
だが、それがなかった。
わざわざ『無』とハンコが押されていた。
黄色で走行し続けた時があったのがいけなかったのか。
などと想像したもの、すぐに「あぁ、これは無線の『無』かぁ」、と合点してホッとした。

               (つづく)

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2010年10月13日 (水)

『 仮免狂走曲 』  −7−

《 第九日目 》

今日は教習ではなく、学科十時間終了後に行う『仮免前効果測定』なる五十問試験である。

問題集をやっているとよく間違えるところがある。
『一時停止』と『徐行』の義務のところが混乱してくるのだ。
軌道敷内(路面電車)の辺りは今でもピンとこないくらい。

案外、標識の問題で間違うこともあった。
この歳で試験をやって、落ちたりしたくないという不安にかられながら、問題集を繰り返し続けていた。

実は先週末に受けるチャンスが会ったのだが、今ひとつ自身がなかった。
残業になればな、という意識で仕事をしていたら、残業になり、締め切り時間に間に合わず試験を受けることができなかった。

で、今日である。
30分をフルに使い、悩み、見直し、不正解の見当をつけ、『終了』にカーソルを合わせて、クリックした。
パソコンでの試験なのだ。
祈る気持ちでプリントアウトを待つ。

指導員さんが、
『はい、ゴーカクでぇす。』
と言ってくれた。

50問中、47問正解。
間違いの内容をただして帰宅と相成った。
よかった。ホッとしたのもそうだが、やっぱり嬉しかった。


《 第十日目 》

一週間ぶりの乗車で、少々不安。
走り出しながら思い出しながら。
指導員の先生は、何も言ってくれない。

今までで、一番年輩の方。
60代後半の趣きでしかも、ホントに話さない。
僕の運転のギャップを感じ取っているはずなのに黙殺。

『坂道発進は何回やりましたか。』と初めて口を開いた。
しばらく坂道発進に終始した。
エンストは起こさなかったが、一度だけ『ギアが入ってないよ。』と指摘された。
もちろん何カ所か指摘はしてくれたが、基本的には黙して語らずだ。

どれくらいこの仕事についているのか。
人(教習生)が変わるとはいえ、毎日同じコースをぐるぐると回っている。
その年輩指導員の姿を見て、考えさせられた。


次の時間はこれまた正反対。
早口でしゃがれた甲高い声でよく喋る。
下町の魚屋さんみたい。『S字』と『クランク』を一生懸命教えてくれる。
だが、早口でよく分からないことも。
二つ聞き流して、後で一つ聞き直したが、もう一つは忘れてしまった。

僕にとっての鬼門であるクラッチの操作をしっかりやってくれて、少し掴めた気がする。
でも、この40代の指導員さんの目も表情が薄い。
毎日十人もの素人ドライバー相手に、やれエンストだ、やれ急ブレーキだ、と汗を掻くのも大変なことだと思うけどね。

               (つづく)

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2010年10月11日 (月)

『 仮免狂走曲 』  −6−

《 第八日目 》

今日は唯一のオートマ教習があった。
一番の悩みどころであるクラッチ操作がいらないんだから楽勝だろう。
ゴーカートみたいなもんだ。

背も高く身体のデカイおじさん指導員だった。

『どうですかぁ。』
『何か指摘されたところとかはぁ、……』
『難しいところとか……』
『どうしてマニュアルを選んだのぉ』
といくつも質問をしてくる。
見かけによらぬ甲高い声で、子供に話しかけるように言う。
が、目を見ないもんだから凄みというか、こりゃ、いわゆる『昭和の教習官』かなぁ、的な風格やら、オーラが漂っていた。
コースに出てもしばらくはマニュアルを取ろうとした理由を聞かれ、しどろもどろに。

『考え方が古いんで、男ならマニュアル、って……』

ホントというと要は『潰しがきく』って言いたかった。
指導員さんは察してくれたようだが、今では『運送屋さんのトラックだって、バスだってオートマだよぉ。それにスポーツカーも、F1って知ってるぅ。(セミオートマ)』
とまで言われてしまった。


教習内容はオートマによる『発進、加速、減速』である。

『直線に入ったら思い切り踏んでっ、』
『もっと、もっと』
『ええっ、……』と心の中で叫んでいた。
後に気付くのだけど、アクセルをいっぱいに踏んだら、その車の持つ100%の能力が出るもんだと意識の中で勘違いをしていた。

ブレーキを踏むときは、長ーく踏む。
ほとんど止まりそうになったら、ブレーキから、パッと離す。
すると、クリープ現象(※1)で(進むから)いつも同じスピードで曲がることができる。
『徐行でしょう。』
『これだけ遅いから(アクシデントに)対処ができるのね。』
と言ってみたかと思うと
『私だったらこの直線(約100m)、60キロは出ます。』
と断言した。

僕がアクセルを踏み、先生(指導員さん)の言うとおりにアクセルペダルを離す。
ナビ席で先生が補助ブレーキを踏む、を繰り返した。
そのスピードの感覚とタイミングを覚えるためにだ。

『S』字クランクを一回やったところで選手交代。
先生が手本を見せてくれる。

周回コースを走る時に先生がアクセルペダルを踏みこんだ。
教習車は『ヴウォーーン』とかなり、いっぱいいっぱいの唸り声をあげた。
ナビ席のスピードメーターは55キロから、56−7キロを表示した。
無茶するなぁ、と思ったけど、
『何キロ出てましたぁ。』
と聞いてきた。
『60キロくらい出てたでしょう。』

僕は直線最後の方は、車の止まる景色を確認していたので分からなかった。
正直、ビビっていたのもあるけどね。

               (つづく)

(※1):ギアが『D』(1、2)や『R』に入っているとき、アクセルペダルを踏まないのにエンジンのアイドリング回転がトルク-コンバーターに働いてゆっくり走り始める現象。

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