心と体

2009年10月25日 (日)

『 お祭り 』 ー 秋・休日 ー

九月から業務内容が変わり、土日祝日に仕事を休むことが増えてきた。
十数年ぶりのことだ。
サービス業に従事していたので、仕方がないところと納得していた。

平日休みに慣れていると、週末の人出や、料金の違いに面食らうことがある。
が、しかしである。
土日といえば、『お祭り』だ。

大好きなお祭りを見て回れることは、僕にとってこの上ない悦びである。
なので、ここにきて自宅の近所のや、都内の見たかったお祭りをいくつか見物した。

何が良いって、根っから好きなので考えなくたって思いつく。

まず、「町の雰囲気」が良い。
参加している人達の表情が楽しげで、ふわふわ、ワクワクしている。
もちろん、神事として真剣な顔をして取り組んでいる人もいるけどね。


軒先に揺れる「提灯」、玄関の「花飾り」や「しめ縄」を見れば、
『あぁ、お祭りだぁ。』と僕の心はときめき、
(近頃はお祭りでも飾られてない町も多いので寂しいけどね。)
朝から昼から商店街のスピーカーから一日中流れている「お囃子」の音色を聞きつけると僕は浮き足だつ。
そしてこれが、なんとも心地よい響きなんだなぁ。
『癒される』という言葉がまさにぴったりである。

また、町自体も、ときめいているように思える。


「御神輿」、「山車」、「曳山」。
年に一度、町に降りてくる神様を乗せて渡御する御神輿は、いわば移動式の神社だ。
厳かで、歴史を感じさせる造りは、熟練した職人達の技の粋(すい)が凝縮されている。
鋳物、彫金、彫刻、漆塗り。
鳳凰や雲形、欄間に、飾り幕。

「神酒所」や「御仮屋」のつくり、そこに飾られる竹や葭簀(よしず)の仕立て具合を見るのも楽しい。
青竹の組み方、荒縄、こまい縄(細い縄だから、「こまい縄」)、黒いけどし(ゅ)ろ縄(棕櫚縄)。
それらの結わき方なんかも、その町の鳶頭(かしら)によっていろいろだから面白い。
正確な技だけでなく、経験を重ねた職人の趣向が凝らされている。


「半纏」に「浴衣」、「手拭」なども堪らなくイイ。
江戸文字、に文様。
洒落がきいてたり、小気味良かったり、染めの色も柄もどれをとっても飽きることがない。
自分の名前を江戸文字で書いてみたりもする。
会の半纏も三着目だけど、襟に書かれた名前は自分で書いたものを染めてもらっている。
浴衣も手拭もたくさん持っていて、集めたりもしているが、オリジナルのものが多いので楽しいし、嬉しい。


お祭りのなにもかもが、小学生の頃から好きだったけど、何が良かったのか、どうして好きになったのか。
きっと『カッコイイ』し『楽しい』と思ったのは間違いない。

『御神輿』は『スーパーカー』のようにフォルムやパワーを感じ、
『担ぎ手』は『プロレスラー』のような勇猛さ、力強さ、
『山車や出店の屋台』は『遊園地』のように、…

それくらい、単純に憬れていたのだと思う。


今度はどこのお祭りに出かけようかな、と思っていたら、11月からまた土日出勤になっちゃった。
お祭りはまた、暫しお休み。


               (了)

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2009年9月26日 (土)

『 離れる 』  ー 子供編 3 ー

夕食の時、おじさんは白いランニングシャツから出した腕で、大きな御飯茶碗を持って、箸でカリカリと米を啜った。

そしてその中身に驚いた。
白い御飯が白い牛乳の中にひたひたと浸かっていたのだ。
いわゆる『牛乳茶漬け』だ。(茶漬けは『お茶』だろうに)

『美味いんだぁ』
と北海道独特のイントネーションで言う。
眼鏡の奥の目を丸くして、おじさんはイタズラっぽく笑っていた。


おばさん家のごはんは家(うち)のごはんとはなにかが違っていた。
北海道の家だからという風土の問題でもなかったような気がする。
けっして不味いわけでも、端折っているわけでもなかった。
単に他人の家庭の味なのかもしれないけどね。

僕のうちは、東京は下町の二軒長屋の一軒で、夕方に遊びから帰ってくると、路地裏には煮物や焼き魚など、夕餉の匂いがそこここに漂っていた。

末っ子の僕は、お婆ちゃんや母のあたたかく甘い味に慣れ親しんでいたのだと思う。


八月十五日。夏休みの真ん中。終戦記念日。
この日は兄の誕生日だ。

おばさんのうちから、夜、東京の実家へ電話をかけた。
はて、それとも北海道にかかってきたのかもしれない。

僕は電話をとって代わってもらい、母の声を聞いた。
果たして、二週間か二十日ぶり程度のことだ。

僕の口は曲がり、喋ることができなかった。
僕の瞳からは涙が溢れはじめていた。
おばさんちの蛍光灯が青白く揺れていた。

たかだか、二、三週間ばかり東京を離れ、母親と離れただけだったのに、僕はその声を聞いただけで、余りにも遠い場所にいることに気付いたのだ。


そういえばこの日の朝だったか、牛舎で新たな命が誕生していた。
身体の毛は溶液を纏い、黒くキラキラと光っていた。
母牛から産み落とされてまもなく、細い脚を『ハ』の字にして子牛は立ち上がった。

彼等は本能として、敵から自分の身を守る為に生まれてすぐ立ち上がれるということだ。

それに比べて、10歳の頃の僕って奴はまったくだらしがない。

今年、44歳。
10歳の姪と8歳の甥には、はたして僕自身がどのように映っているのか。
僕のどんな言葉が、彼らの記憶の中に残っているのだろうか。
僕はどれほどしっかりと地に脚をつけて生活をしているのであろうか。

               (了)

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2009年9月23日 (水)

『 離れる 』  ー 子供編 2 ー

おばさんの旦那さんであるおじさんは、何ヘクタールもある牧場の草を刈って回っていた。

トラクターの上、真っ青な空をバックに、ベースボールキャップ、つなぎ姿のおじさんがやけに格好良かった。

朝のストーブとは違い、昼の陽射しはとても強かった。
それは、大地と空の広さから来るものだったのだろうか。

僕らは幾ヘクタールもある脚の長い牧草の中を黒い長靴で走り回った。
トラクターで刈り取って四角く束ねた牧草をトラックに積んでいったり。
時に牛の糞に脚を取られて転んでしまったり。

僕は牧草をトラックに積んでいく作業の時、激しい作業と強い陽射しによって、とても気分が悪くなってしまった。
吐きたいのに吐けないような、頭が痛いような重いような、
これを『日射病』というのだろうか、
お陽様の力でこんな風に調子が崩れたのは、後にも前にもこれっきりだ。


牛舎、100頭(40頭か)もの乳牛達が尻を揃えて『ムウォー、ムウォー』いっていた。
牛の糞の匂いはだんだんと、気にならなくなる。
臭いが変わるわけではない。
慣れるということだろう。

スコップやフォークの親玉みたいなものを担いでは、刺し。
刺しては、すくい、そして放る。
そのくり返しは小学校高学年とはいえ、なかなか堪える作業だった。

一緒に行っていた兄は何を思っていたのか。
僕らははたして何の話をしていたのだろうか。
兄とは仲が良かったから、しょっちゅうくっついてはいたはずなのだが。

黒い長靴で闊歩した記憶。
牛舎で休んでいた大きな牛に僕らは跨がったりもした。
胴もでかいが、首は付け根から太く、顔だって大きい。

後で、おばさんから
『アァラ、気をつけなさぁい。危ないのよぉ』
とのんびりした口調で、もちろん北海道のイントネーションで言われて、少しビビった。


アルミの10kgはあろうかという牛乳缶を両手で引きずるように持って歩いた。
牛の糞だか、濡れた牧草だったか、記憶には遠いが、『猫』と呼ばれる一輪台車に乗せてふらふらと押した。

兄に負けまいとやっていた。

それともう一つは、父の昔話に負けまいとしていたのだと思う。

北海道は『最果ての地』出身の父に、よく田舎の子自慢をされていた。

冬、凍てつくような吹雪きの日であっても、2キロも先の小学校まで歩いて行ったとか、
野良仕事を手伝っていたから、足腰の丈夫さは負けないとか、……

僕はスコップを振るっている時、自分が今、父と同じ境遇を体感していると、幼心に思って必死になっていた。


という記憶は本当だろうか。
どちらかというと、そういうことを意識しだしたのは、高校を卒業してからではなかったか。
小学生の頃に、果たして父とどれくらい話をしていたのか。
ほとんど記憶には残っていない。


               (つづく)

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2009年9月19日 (土)

『 離れる 』  ー 子供編 1 ー

甥っ子が一人で僕のうちに遊びにきた、というより、泊まりにきた。
一晩だけである。

野球見物の帰りに寄っていった。
(「『 疲れる 』ー 子供編 ー 」参照)
http://minoru-iroiro2.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-3934.html


夏休み、僕は兄と北海道に住んでいた父親方のお爺ちゃん、お婆ちゃんの家へ遊びにいった。
父と母、母方のお爺ちゃん、お婆ちゃん、ともに暮らしている家族と離れての旅だった。
そんなことは生まれて初めてのことだった。
兄が六年生、僕は四年生、およそ三十四年前の話しだ。


お爺ちゃん、お婆ちゃんは牧場を営むおばさん夫婦と一緒に暮らしていた。
100頭以上の乳牛を飼っていた。
(40頭だったかもしれない)


僕らは羽田空港で父母と別れ、飛行機に搭乗した。
甘ったれの僕にとってはおそらく心細かったに違いない。

胸にはパイロットが付けるような鳥の羽をかたどった記念バッジを当時のスチュワーデス(現キャビンアテンダント)さんに付けてもらい少し元気が出た。

ジェット旅客機に乗ったのも初めてだった。
(一歳半の頃に父達に連れて行かれたときは、プロペラ飛行機だったのか。)

二時間程で、北海道は『釧路空港』に着くと、お爺ちゃんが空港まで迎えにきてくれていた。
釧路空港から国鉄釧路駅へ。
釧網線の汽車に乗って知床は『斜里』駅まで二時間半から三時間くらいだったか。

『釧路』駅を発車してまもなく、車窓に広がる湿原で一羽の丹頂鶴を見た。

汽車の中でかっぽう着姿のおばさんが真っ黄色ではないモザイクのような『とうきび』(トウモロコシ)をくれた。
痛んでいるのではという見映えだったけど、とても甘かった。

お爺ちゃんが『不二家ネクター』(もちろん桃)をお茶を飲むように両手で包み込んで、ぬるくしてから飲んでいた。

斜里駅からの記憶はほとんどない。
おじさんか、おばさんが車で迎えにきてくれたか、それともタクシーか。

牧場に着くと家から少し離れた体育館のようなところ、牧草やトラクターをしまう倉庫のほうから、犬の鳴き声が聴こえた。
見れば、黒くて獰猛そうな中型犬で、鎖のきしむ音とその犬の鳴き声とで、僕は恐ろしくなった。


家の玄関の扉は二重になっていた。
入ると居間には煙突のついたストーブが鎮座ましましていた。

なぜなら、三十四年前当時、北海道でも最果ての地『知床』では、夏でも朝は寒く、ストーブを点けていたのだ。
夏なのに、同じ日本なのにこうも違うものかと思った。


               (つづく)    

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2009年9月12日 (土)

『 疲れる 』  ー 子供編 −

夏休みも残りわずか、甥っ子家族と僕は何十年ぶりかで『野球見物』に行くことになった。

ところは西武所沢『さいたまドーム』。
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甥っ子家族の住んでいるのは、神奈川県は相模原。

最寄り駅から、京王相模原線・調布行き 『京王多摩センター』着。所要時間、約10分。

徒歩にて、てくてくと多摩モノレールの駅へ、およそ5分。

『多摩センター』駅発、モノレールゆらゆら『上北台』駅まで40分弱。結構あるなぁ。

後は西武バスで『西武球場前』まで約11分は球場に向う人達で超満員だったそうだ。


午後6時プレイボール!
緑のグラウンドはナイター特有のライトアップで見事に輝いていた。
白球、ユニフォームも輝き、打球音と歓声が球場をめぐる。


『フライドチキン』×2.5個。『冷やしたぬきうどん』、『ホットドッグ』半分。
『オレンジジュース』、『チョコレートアイスクリーム』。
よく食べる。身長176.5cmある僕と同じかそれ以上食べる。


午後8時過ぎ、それぞれのラッキーセブンの応援合戦を見て、球場を去ることにした。

甥っ子のお母さんとお姉ちゃんは、二人で先に家に帰えり、
甥っ子は僕の家へ来たいと言うので、夏休みということもあり、連れて帰った。


西武線『西武球場前』駅より、『石神井公園』駅で急行乗り換えて、『池袋』駅まで、およそ45分。

JR埼京線で『池袋』駅から『大崎』駅まで20分弱。


家に着く頃には、もうじき午後10時になろうとしていた。
その日、甥っ子は昼から『スイミング』と『学習塾』を済ましてきた。

『今日は大変だったんだぁ』と野球の試合中、五回だか六回のころに甥っ子が呟いていた。

子供が一日に移動する距離としては、かなりあったと思う。

次の日、朝から近所に虫とりへ出かけたのだが、その帰り際に甥っ子は『頭が痛い』と眉を寄せた。


家で少し休ませて、帰すことにした。
甥っ子は、送る電車の中で、気分も悪くして、結局泣きながら帰ることになった。

母親からも自宅からも離れ、小学二年生の彼にとってはかなり心細かったのだろう。

帰宅して体温をはかったら『三十七度五分』(37.5℃)もあったという。


夏休みの後半、身長126.0cm、23.0kgの小さな身体は、かなり疲れていたにちがいない。

35年以上前、小さかった頃の僕自身の夏休みが淡く甦った。


               (了)
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2009年5月23日 (土)

『ダイエット』   ー 16 ー『緊急!』ー

五月二十二日

ウェブの見出しにこんなものがあった。

『納豆、…バナナ…ダイエット根拠なし』
http://mainichi.jp/life/health/news/20090522mog00m100032000c.html

これは、【2】、【3】とづつく。

果たして、僕の『朝、『バナナ』ダイエット』は、どうなるのか!?

僕はどうするのか?


          (つづく)

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2009年5月21日 (木)

『ダイエット』   ー 15 ー

五月十四日

昨日とおとといの連休、『バナナ』を食べそびれた。
それに思えば、昨日は炭水化物をかなり多く摂ったのかもしれない。

○ トースト八枚切り、2枚。
○ おにぎり、半分。(コンブ)
○ おにぎり、二個半。(カルビ、ネギトロ、鶏めし)
 (ビール、350ml。)
○ スパゲッティナポリタン。
○ チーズバーガー。
○ ミックスサンドウィッチ、2/3個。
(レモンサワー、500ml)
○ 白飯、どんぶり一杯。

全20品目中の7品目だ。


『体重』  :75.0kg(記録史上の初の大台!)
『体脂肪』 :21.0%(当初は22.0%台でしたけどね)
『内臓脂肪』:11.5(やっぱりちょっと増えてる)
『骨量』  :3.1kg(あらっ)
『基礎代謝』:1,647kcal/日(おっと!)
『体内年齢』:33才(体重の割に若いぞ)
『筋肉』  :56.2kg(前々日より0.7kg増ってことは、筋肉が増えたということか)
『筋肉スコア』:0(いつもかわらず)

たしかに、そこそこ歩いたからかなぁ、と納得しようとする。


五月十七日

仕事場の『H』さんに当ブログの内容、『コアウォーキング』の理解の仕方を間違っていないか、訊いてみた。
開口一番。

『違う!』とばっさり。

体軸の揺らし方が、『左右』ではなく、『前後』だというのだ。
ドリフターズの加藤茶さんが、昔コントの中でやっていた、『前後』に腰を振る歩き方だ。

『違う!』と言われた。

からだの軸の緊張を緩めることが大事で、そうした動きをしていると、
『仙骨』、尾てい骨の中側の周りの筋肉が鍛えられて、『張って』くるらしい。
合気道や能楽師も似た歩き方をしていると、…


その後、意識して歩こうとしても、そんな『そろりそろり』した歩き方も、カトちゃんのようにも、おかしくてできはしない。

『体重』  :73.8kg(増えても減る)
『体脂肪』 :21.8%(またちょっと増えた)
『内臓脂肪』:11.0(戻ってる)
  ⁑
『基礎代謝』:1612kcal/日(また減った)

             (つづく)

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2009年5月19日 (火)

『ダイエット』   ー 14 ー

五月三日

未計測

朝、ハミガキの時に我流『コアリズム』にチャレンジしてみるが、これが難しい。
腰をしなやかに回したり振ったりしようとすると手が停まる。
ハミガキをちゃんとしようとすると、腰の動きがぎこちなくなる。

洗面台の鏡の前で、悪戦苦闘する。(ちょっとオーバー)


これまた我流の『コアウォーキング』
日常の歩く動作なので、つい忘れてしまう。

背筋を伸ばして、胸をつり上げる。
出す足は、カカトを一本の線の上に乗せるように歩いてみる。
体軸が「しなって」いるかは分からないが、心なしか『息が切れる』感覚と、『ふくらはぎ』に負担がかかっているよう。

果たして、正しい歩き方なのだろうか。

五月五日


『体重』  :74.9kg(ほとんどひと月前に逆戻り。前日比、900g増)
『体脂肪』 :21.4%(前日より0.6%下がっている)
『内臓脂肪』:11.0(変らず)
  ⁑
『基礎代謝』:1,638kcal/日(最高数値!)

昨晩は炭水化物の多い食事を摂ってしまったので、体重は増えると思っていた。
が、体脂肪は下がり、基礎代謝が上がっていることに少し驚いた。

五月七日   未計測

五月九日   計測したものの、未記録


五月十日


『体重』  :73.5kg
『体脂肪』 :21.0%
『内臓脂肪』:11.0
  ⁑
『基礎代謝』:1,611kcal/日(やっぱりわからない)


『体重』も減ったものの、『基礎代謝』も戻っている。

モチベーションも下がりはじめた。

            (つづく)

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2009年5月14日 (木)

『ダイエット』   ー 13 ー

五月一日

仕事場で『B』さんが、浮き浮きとしていた。

彼がダイエットを始めてから、ちょうどひと月がたったのだそうだ。
結果、

『5kg減。』

彼は、自分の実行すべきことをやり遂げている。
大好きな白飯を減らし、コンニャクやら、豆腐やら、葉もの野菜を豊富にとったりとか、さんざんやっていたんだよなぁ。


五月二日

僕もひと月がたった。

ひとつき前の体重は、74.6kgだったようだ。
僕はひと月間、朝、『バナナ』を食べ続けている。
が、もちろん昼も夜も前とあまり変らぬ量の食事をとっている。


『体重』  :73.7kg(ひとつき前より、900g減った!)
『体脂肪』 :21.3%(前日より0.3%増)
『内臓脂肪』:11.0(前日と変らず)
『骨量』  :3.0kg(やっぱり変らず。)
『基礎代謝』:1,611kcal/日(やっぱりわからない)
『体内年齢』:34才(最年少は4/27の31歳)
『筋肉』  :55.0kg(前日より0.5kg減)
『筋肉スコア』:0(いつもかわらず)

『コアマッスル』の『コア』とは、どういう意味なのか、実は全然知らなかった。

『コアリズム』という腰を前後左右に揺らす動作によって、ウエストを細くするという一つのダイエット運動がある。

女芸人の『クワバタオハラ』のクワバタさんが、これによって劇的にウエストを細くしたらしい。

仕事場の『B』さんは、DVDで『コアリズム』にも挑戦したらしいが、あまりの激しさに続けることを断念したそうだ。


これまた、『コア』。『コア』とは、

『コア』:1 物の中心部。中核。
     2 地球の核。
     3 鋳物の中空部分をつくるための鋳型。中子(なかご)。
     4 物の芯に鉄を入れたもの。鉄心。
     5 コアシステムの建築物で、共用施設をまとめた部分。
     6 ⇒磁心(じしん)[類... [さらに]

『大辞泉』 提供:JapanKnowledge より


『コアリズム』とは、腰を揺らしたりして、要は体軸の動きを活発にする事で、
(『コアウォーキング』の『しなる』ように、ということか、… )
ウエストが細くなるというしくみか、


実は『コアウォーキング』よりも前から、僕は歯磨きの時、鏡の前で我流の『コアリズム』を始めているのだった。

             (つづく)

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2009年5月 8日 (金)

『ダイエット』   ー 12 ー

四月二十五日

未測定

仕事場の『H』さんが、
『コアマッスルを使った歩き方』がある、なんてことを言っていた。
内蔵脂肪、を落とす為の動きということらしい。

『資料』があるとのことだが、それを呼んだだけでは、習得は難しいらしい。
だからといって仕事場でレッスンという訳にはいかないけどね。


四月二十八日

もちろん、朝『バナナ』は1本。

『体重』  :73.8kg(昨日より500g増える)
『体脂肪』 :21.4%(昨日より1.2%増)
『内臓脂肪』:11.0(昨日より0.5ポイント減)
『骨量』  :3.0kg(やはり変らず。)
『基礎代謝』:1,611kcal/日(13kcal/日up!)
『体内年齢』:34才(前日より3才歳とる)
『筋肉』  :55.0kg(0.5kg減る?)
『筋肉スコア』:0(ノーコメント)

ウェブで、『コアマッスル』と検索してみた。

その中で、『細くなる 合気ウォーキング』http://www.aikiwalk.com/hosokunaru.htmlというサイトが『H』さんの言ったもののような気がした。


○ その秘密は、「力がセンター(体軸)に集中する」こと

いきなり、難しいぞ。
 

○ ウエストが細くなるには、「腹斜筋」(ふくしゃきん)が動く必要があり
→ 腹斜筋を働かすために大事なのは、『胸郭を上げる』こと

『腹斜筋』:図からすると、あばらの下、腹筋の横辺りの筋肉かな

でもって、

○ 『胸を張って、ヒップがキュッと締まるように歩けば、自然にウエストが締まっていく』

のだそうだ。
そう、僕の当初の目的は『ポッコリお腹』を引っ込ますことだった。
そして、

○ 『日常生活や仕事の中で、いつでもできる』
○ ゆっくり歩いても、脂肪を燃やせる!

というから、ちょっとやってみようっかなぁ、なんて思える。

でまた、

○ 『センターに力を集中させて、背骨がしなるように歩けば、自ずと代謝が高まって、脂肪が燃えやすい身体になる』
→『脊柱が一歩踏み出すたびに「しなる」ように 歩けばよい』とある。

『しなる』:正面から見て、左右にしならせること。(スポーツウォーキングでは『捻る』のだそうだ)


うーん、確かに文章で説明されても、実践してみないと分かりづらい。

奥は深い。


             (つづく)

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