『 コメンテーター 』
凶悪な犯罪や事件が連日、テレビマスコミを賑わしている。
これは、ニュースや報道番組だけでなく、『情報バラエティー番組』でも当り前のように取り上げ、放送しているということだ。
『バラエティー番組』では、コメンテーターという役割の人達がいる。
彼らの中には、弁護士や検事、元警察官など犯罪や事件に詳しいとされる職業の人や、ジャーナリスト、大学教授。マルチタレントと呼ばれる芸能人などが起用されている。
犯罪に詳しいという輩の一人である弁護士は、『某先生』と呼ばれ、自信満々で誇らしげに、これ見よがしに、したり顔まで見せて、(そんなはずはないのだけど)その事件の特徴や背景、犯人像なんかを勝手に語っている。
今回、僕が腹をたてているのは、被害者や被疑者の家族までもが取り沙汰されて、その姿を曝されているというのにもかかわらず、ペラペラやっていること。
一介の弁護士風情が、たかだか30年くらいのの経験や知識をひけらかすな、偉そうに、と思った。
しかも、ほとんどが推理や想像で語っているのだ。
そんなつまらない想像をするくらいなら、事件にかかわった家族達の心の内を想像しなさい、と言いたい。
デリカシーもなければ品位の欠片もない。
かつて、或る有名な評論家が、大マスコミであるテレビでの発言は影響力が大きすぎるので、テレビには出ないとしていたそうだ。
賢明であり、自分は市井の者、それこそ『一介の売文業』であると言っていたその人の謙虚な人間性が表れている。
その人だって、『先生』と呼ばれている。
僕らは日常生活でも自分の発する言葉に責任を持ち、気遣いをし、それでも失敗をしたり、誤解を招く。
自分が愚かななのかもしれないが、それで一喜一憂するのだ。
テレビが『垂れ流し』と言われて久しいが、事件、犯罪に関わる番組制作は慎重にならなければならないと、
過去にテレビ局は、新興宗教団体の一部の人間による弁護士一家殺人事件をまねいてしまったという問題で猛省したはずなのに、懲りてはいないのだろうか、そう思うことが今までにもいくつかあった。
ちなみに、今回、僕が腹をたてたコメンテーターの発言があった番組は、奇しくも弁護士一家の殺人事件をまねく原因を作ったテレビ局と同じであった。
なにをかいわんや、である。
(了)


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