音楽

2009年2月22日 (日)

『 発表会 』  -2/2-

姪っ子の演奏が終わるとしばらくは他のお子さん達の演奏を楽しむ。
サービス業に携わっているので、土曜の昼にこんな優雅な時間を過ごすことは、とても貴重だ。

クラシックはもちろんのこと、やはり『スタジオ ジブリ』モノも多い。
『耳をすませば』『ポニョ』『魔女宅』『千ちひ』『トトロ』『ハウル』『ラピュタ』…。

映画音楽、CMソング、テーマソング系では、

『スティング』のこの曲は『エンターティナー』って言うんだ、と知った。
『大脱走』なんかは嬉しいなぁ。
『サウンド オブ ミュージック』からは三曲も、そのうちの『私のお気に入り』という曲が
『JR』の『京都へ行こう』的なCMに使われているなんてのも初めて知った。
『おもちゃの兵隊の行進』(『3分クッキング』)
『アメリカン パトロール』(『のだめカンタービレ』によくかかっていたって、)
ショパンの『ノクターン OP9-2』(って、プログラムに書いてあった。)は『太田胃散』

クラシックは『子犬』やら『子像』やら『白鳥』やらが『ワルツ』だったり『マーチ(行進)』だったり、
そう言えば、街を歩いているとたまにどこかの家からもれてくるピアノの調べで聴き覚えのあるものも結構あったなぁ。

親子で『JAZZY』な曲の演奏なんてのもあってなかなか好かった。


華やかにドレスで着飾ったり、シックな装いでキメた女の子達。
少年がホワイトカラーに、ネクタイに、スーツやニッカボッカにと身を包み、漆黒のグランドピアノに向かい鍵盤を叩く。


ピアノからの心地よい旋律と時たま響くミスタッチがなんとも愛らしい。
中にはとても上手な子もいて、僕の脳はすっかりα波で覆われ居眠りを余儀なくされてしまったり。

後半にゆくに従って、身長も年齢も技術もアップして、ミスタッチもたどたどしさも大分消えている。

子供達は、演奏前にステージの中央で、両手でお腹を押さえて挨拶をしてから演奏に入る。
演奏中の表情が照れていた様子から自信へ変わったり、終えるとまた、背筋が急に丸まったりというのも、なんだか子供らしく微笑ましい。


姪っ子の『ソロ』の演奏は『ブルグ ミュラー』の『スティリアのおどり』。
しかし、僕はカメラとビデオの両刀で撮影をせねばならなくなり、全く耳に入っていないので、
どんな曲かは未だに分かっていないんだけどね。

映像を切り取ることと、カメラの機能操作、二台の機具の取り扱いは普段カメラになれ親しんでいないとなかなか難しいものだ。
しかも、またしても、あっという間に終わってしまい、納得いくものを撮ることはできなかった。

二兎追うものは一兎も獲ず、である。

それでも、先生方の連弾(演奏)とゲストのオペラ歌手の独唱もあり、とても充実した一日だった。

およそ四時間という長い時間で、少々尻は痛くはなったし、腹も空いたけれど、
久しぶりに音楽に触れることができた。
今度は自分が演者の側にまわって、あのライトに照らされたい、なんて思ってしまった。

                     (了)

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2009年2月21日 (土)

『 発表会 』  -1/2-

姪っ子のピアノの発表会へ行ってきた。

男兄弟に生まれ育ったので、こういう経験は初めてだ。


駅から会場へ向かう途中の美容院で待ち合わせをした。
着いたらちょうど,出てきたところだった。

シャンパンゴールドのレースに覆われた、淡いクリーム色のドレスで130cmのお姫様が現れた。
なかなか可愛い。
足許は移動用の黒のロングブーツだから浮いちゃってたけどね。

髪は左右二列ずつ、細い編み込みをして、アイボリーのバラが二輪、後ろの方に添えてあった。

受け答えの感じから、緊張している様子はまるで見当たらない。
今時の子ってことなのかな。


会場で何枚か記念写真をパチリ。
僕は毎度のカメラ班である。
およそ定員200名の会場だ。


演奏順番がなんとトップバッターである。
最初は、仲のイイお友達との連弾だ。(一台のピアノを二人並んで弾くことをそう言うんだそうだ)

モーツァルト『アイネ クライネ ナハトムジーク』である。
初めて一年半くらいでよくもここまで弾けるようになるものだ、と感心した。

『ティロリン、ティロリン』右手と左手が別々に鍵盤を叩いて、ピアノ線が震え、波動がホールの天井や壁をつたって僕らを包む。

『もしもピアノが弾けたなら』なんて歌謡曲があるが、ホントに楽器ができるって素敵だと思う。
僕の父親の言葉を借りれば『尊敬』してしまう。


僕は僕でまた別の難問に取りかかっている。

取った席の位置の都合で『お友達の顔』が写らない。
『鍵盤を叩く手、指』が見えない。
『露出の関係で胴体ブレ』や
『暗い画面』になってしまう。
(コンパクトデジカメをいまだ使いこなせていない)


結局、何枚も撮ることができずに一曲目は終わってしまった。

なにしろ、50人で一人二曲、計百曲が演奏される訳だから、駆足駆足である。
一曲、二、三分くらいだろうか。


                 (つづく)

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2009年2月 4日 (水)

『ソプラノ』

 もともと、オペラに感心がなかった訳ではなかったのだが、ほんのさわりとはいえビックリした。


 それはピアノを習っている姪っ子の初めての発表会の『おまけ』だった。
 相模原の定員200名程の会場で、およそ50人の子供達がソロとデュエットの二曲ずつ計100曲を演奏した。(三時間半くらいかかったかな)
 そして会の最後に、ピアノ教室から子供達と親御さん達へ、歌のプレゼントが用意されていたのだ。


 両肩を丸々露(あらわ)にした、サーモンピンクのカクテルドレス。
 『ソプラノ歌手』の登場である。

 僕の持つオペラ歌手のイメージより細めだ。
 それでも悠然と、堂々とステージの中央に現れた。


 最初は『夕方のお母さん』という童謡を歌った。
『由紀さおり、安田祥子姉妹』の影響か、とか、
 歌詞が面白かったので、今度カラオケで歌ってみようか、なんて思ったりしてしまった。

 そして次の曲を聴いたとき、僕はその軽率な想いを恥じた。


『「ジャコモ・プッチーニ」作曲、オペラ『ジャンニ・スキッキ』より『私のお父さん』』


その細い首、小さな頭より奏でられる歌声は、ホール全体に響き渡った。

『O mio babbino caro, mi piace,e bello.……』
『ねぇ、優しい優しいお父様、 私が好きなあの人は美男子なの。……』

 迫り来るソプラノの声が、次第に僕の胸を打ちはじめた。
 そして僕に、自分でも信じられないことが起きた。

『Si,si,ci voglio andare! E se l'amassi indarno.……』
『そう、どうしても行きたいの! もしこの愛が無駄だったら、…』


 僕の瞳から涙が零れはじめたのである。


 どうして涙が出てくるのか、イタリア語もストーリーも分からないのに、…
 僕は潤む瞳で、ステージライトに光り輝く彼女を呆然と眺めていた。


『… andrei sul Ponte Vecchio, ma per buttarmi in Arno!……』
『…私はヴェッキオ橋に行って、アルノ川に身を投げるわ!……』


 圧倒的な声量で、抑揚のある旋律が、
 その生の高音の波長が僕の心の琴線に触れた、ということか。


 テレビやCDではオペラも聴いたことはあったし、『マリア・カラス』のCDだって持っている。
 映画『ディーバ』は僕の学生時代に観た中で一番のお気に入りだった。


『… O Dio,vorrei morir! Babbo, pieta pieta!』
『… ああ、神様、死んでしまいたいくらいに!
            ああ、お父さん、お願い、お願いです!』


 僕は涙が止まらなかった。
 正直自分でもなぜだか分からないのだが、とにかく涙が零れていた。
『ソプラノ』が僕の中のどこかを刺激し続けていたことは確かだ。

 こんな経験は初めてだった。
 人の声の威力にまいった。

 僕は、その生(なま)の『ソプラノ』に、

『Bravoー! bravoー!  bravoー! ”Soprano”ー!』
と濡れた頬を、周りの席の身内に見られないようにしながら、心の中で声をあげていた。

                    (了)

※ 歌詞及び和訳は、ウェブサイト『AI'S OPERA NOTE』
(http://www3.cty-net.ne.jp/~kato543/)さんより引用させていただきました。

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