『 先 輩 』
『あっ!マサトさん(仮称)が来た。』
と後輩が言った。
その言葉を聞き、僕は僕がまだ若く、或る先輩が来た時にしか感じなかった感情を思い出した。
品川という町は、江戸から外れた東海道五十三次の一番目の宿場町で、そこそこ古い下町風情を残したところである。
昭和四十年生まれの僕からすると、品川は高度成長期を過ごした京浜工業地帯と、鳶職、大工、ペンキ屋、左官屋、畳屋、蒲団屋…と言った職人の町といった印象だ。
長屋に暮らしていた僕にとっては、路地裏や銭湯などで、よその人とコミュニケーションをとるぐらいのことはしょっちゅうだし、
さらに、僕は十代からお祭りの会に所属していたので、十個や二十個くらい年上の大先輩らと一緒に旅行へ出かけたり、もちろんお祭りを楽しんだりなんてことは当り前の事だった。
物事の善し悪しを、「怒鳴られ」、「お目玉」をくらい、
「亀の甲より年の功」。さまざまな生活の知恵を、手ほどきしてくれる先輩達がいた。
その一方で僕らに、遊びの楽しさを教えてくれる先輩達もたくさんいた。
『遊び』といっても、子どもがする遊びと、大人的な遊びがあり、後者の遊びに少し悪っぽいスパイスを加えた遊びを教えてくれる先輩達もいた。
思春期を迎えた僕らには『男』を意識させる、たまらない刺激を与えてくれた。
酒、博打、喧嘩、女、……
僕みたいなビビりな男子でなくとも、皆、ワクワクドキドキしつつ、目を輝かせて話しを聞いていた。
が、僕らがそうした先輩方と話しをする時というのは、まずほとんどと言っても良いくらいに、アルコールが入っている。
アルコールが入ると、人は気が大きくなることが多い。
すると、もともと威勢の良い兄貴達のこと、僕らのドキドキは、話している内容についてではなく、僕らの置かれている状況へと移っていく。
今さっきまでニコニコと細めていた先輩の目が、突如として「どろん」とした鉛のような眼に、変化(へんげ)している。
なにやら不穏な空気が漂いはじめる。
『 …なぁいいか、…喧嘩ってのはなぁ… 』
などと、物騒なもの言いが続いていく。
『はいっ。』
僕らはその先輩の酒が無くなってはいないか気を配ったり、話しを聞いていないなんて思われないように時間が過ぎるのを待つ。
また或る先輩に関しては「同じ話し」のくり返しになったり、
またまた或る先輩は楽しい話しから、急に眼を三角にして「説教」へと移ってみたり、……
後輩である我々は、いつまでも先輩達の世界に拘束されることになる。
しかし、彼らのほとんどは、まず間違いなく愛すべき人達なのだ。
十代から二十代前半まで、僕らはそんな先輩の登場とともに『あっ、来たっ!』なんて心の中で呟くことがあった。
僕らのワクワクドキドキ感を喚起させる先輩。
僕らはいつの日からかそんな先輩達のように見られていたことを知る。
マサトだけでなく、僕も、他にもきっと後輩達からそう思われている仲間がいる。
そして、そう思っている後輩達の何人かも、そういう先輩になっていくのだろう。
(了)



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