小説

2009年1月25日 (日)

『モデル』 - エピソード1 - 3/3

『初恋』 Pureful Anthology    (ピュアフル文庫、ジャイブ株式会社)


白地のツルツルした表紙にはおよそピンクの服を着た女の子が白い帽子を被っているという装丁だ。
赤い腰巻き、帯文には

『隣にいたい人、隣にいたかった人。』
『枡野浩一』君のところには『手の届かない人』とあった。

六人の作家さん達が『初恋』をテーマにした連作だ。


『枡野浩一』  『ジジジジ』

と目次には彼の名前と題名が六番目の最後にあった。

『初恋』→『ジジジジ』→『僕』
その連想は難しい。
第一、『ジジジジ』とはなんだろう……


僕はお礼のメールを打って送ろうか、読んでしまおうか悩んだ。
が、どういった内容なのか、どんな風に登場するのか、
とにかく気が気でなかったので、読み進めることにした。

読み始めて暫く経つまで、その本が文庫であることに気付かないくらい大きく思えた。

『初恋』の淡く、切ないところ。
ちょっとエグいところ、人間の残酷なところも軽やかに描かれている。

情景が浮かぶので、映画を見ているようだった。
(僕が『モデル』だからでは無くてネ)

そして『ジジジジ』の意味するところがまさか、こうしたことだとは想像できなかった。


ここに登場するキャラクターの一人に、僕は、僕自身を投影していた。
醸す雰囲気がたしかにちょっと僕っぽい、ところにあえてネ。

もちろん、

『フィクションですけど』

と僕とのメールのやり取りにあった『枡野』君の言葉を借りよう。


二つのエピソードは僕が高校二年の春と27歳の頃に起きたことだ。
その後のメールで分かったことだけど、一つは僕の『イメージ』から想像で書いたらしい。

『恐るべし、枡野浩一』


実際にあったエピソードの方は確かにあの当時話していた。

自分でも『ネタになる話し(ここで言う『エピソード』)だなぁ』とは思っていたけど、こうして、活字が、印刷物、しかも文庫本の一頁を飾っているとなんとも不思議なものだ。

僕もいつでも表現者として,自分で出逢った『エピソード』を活字にし(ものして)、印刷物にしたいとは考えているんだけどネ。


さて、果たして、僕が『モデル』となったのはどの登場人物だったのか?
はたしてどんな『エピソード』だったのか。
まずは皆さんこの本を購入して、作品を読んで当ててみて下さい。

               (了)

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2009年1月23日 (金)

『モデル』 - エピソード1 - 2/3

『相変わらず凄い肩幅ですか?』

『枡野浩一』君から僕のPCのアドレスにメールが届いた。


続いて、
『事後報告になってしまって恐縮ですが、
先日書いた短編小説に、
みのる(実際は本名)先輩を(一部分だけ)モデルにした
人物を出してしまいました。
(体育会系なのに細かい気配りのあるところ、……)』
とある。


僕の顔はニヤけたに違いない。
おいおい、そんな、ホントかよぉ?
僕が小説の登場人物だなんて、である。
それは、プロの手によって書かれた一つの作品のキャラクターとして、である。


それと最も嬉しかったのは
『人生で出会った、
好きな人を少しずつ登場させたのですが、・・・』
とあったことだ。

これは、もはや『ラブレター』を貰ったくらいのことだ。


最初に『大学時代の優秀な後輩』と書いたが、それは僕の彼の才能への憧れの意味もあったと今ここで告白しよう。

『来年一月刊行の、
小さな出版社の
文庫本アンソロジーに収録されるので、
刊行されたらお送りしますね。』
とあった。

正月に楽しみができた。


師走、ボーナス商戦、歳末、年始と忙しさに追われながら、新年を迎えていた。


枡野君から送られてきたその本は、七草を越し、僕が出した遅い年賀状の返事が来てはいやしないか、と思って覗いた郵便受けに入っていた。

僕は逸(はや)る気持ちをおさえ、ようやっと『プチプチ』の封筒から取り出し、
抱えるようにその本を手にした。


思わぬお年玉である。

               (つづく)

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2009年1月21日 (水)

『モデル』 - エピソード1 - 1/3

帰宅したら、郵便受けに『ゆうメール(旧 冊子郵便)』と言う、「書籍小包」が入っていた。
エアパッキン、いわゆる『プチプチ(と鳴らすあれ)』をクラフト紙でくるんだ封筒を、僕としたらかなり丁寧に開けた。

なにしろ僕が『モデル』になった小説が中に入っている。


昨年11月半ば、「大学時代の後輩」から連絡があった。
実はそう呼ぶにはおこがましいくらいに彼は『デキ』がイイ。
なので、僕はいつも彼のことを

『大学時代の優秀な後輩』

と人に話している。
そんな彼から、このブログのコメント欄を利用して連絡があった。

『枡野浩一』君である。

彼は知る人ぞ知る、というか、かなり著名な歌人であり、文筆家である。

(詳しくは彼のホームページ『ますので』(http://masuno.de/top.html)や、
『枡野浩一のかんたん短歌blog』(http://masuno-tanka.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/blog-60e2.html#more)
にて、)

彼の活躍ぶりはウェブで調べれば瞭然だろう。

現代語で紡ぐ短歌集、ユニークな文章の刊行物の数々。
音楽やマンガの評論、作家との対談、帯文執筆。
テレビ、ラジオへの出演から映画監督まで。

そう、「加藤あい」さんに短歌を教える役でテレビCMにも出演していた。
ライブハウスでの対談、講演イベント主催。
手作りのオカモチを使うという奇想天外な移動文庫開店などなど、
とにかく、多方面に活躍する忙しい人だ。


そんな彼から、『送りたいものがあるので住所を教えて欲しい』とのことだった。

彼と連絡を取り合うのは、何年かに一度くらいの割合になっていた。
(大学を卒業して20年が経とうとしているのに、会ったのは数回。手紙のやり取りが3、4度だろうか。今回のメールは初めてだ。)

大学の頃の先輩後輩の関係は、彼の活躍と僕の生活とのギャップから、少しずつ希薄になってしまったと思ってしまった気がする。

僕は学生の頃から複数の人に読んでもらう為の文章を書き始めた。
それまで、文通をしたり、ラジオに投稿した程度だったが、
大学の『文学研究会』という文化サークルに所属してから、『小説』のようなものを書き始めたのだ。

学年は一つ、歳は三つ違う彼は、『文学研究会』の体育会系と言われた僕でさえ、その才能の違いを見て取ることができた。

彼は確か
『息をするように書いて』いたいと言ったか、
『書いていないと生きていけない』ということを言っていた。

それぐらい、彼は呼吸を乱すことなく言葉を綴っていたように見えた。
もちろん、彼としてはたくさんの悩みを抱えていたのだろうけれど、


当時、彼は僕の書いたモノにとても善い評価をしてくれた。
僕は喜び、浮かれたものの、その道へ突き進んでいくことができなかった。

彼は言った。
みのる(実際は本名)さんは、自分の書いている物の善さを分かって書いていない。』と、

ここが、プロと素人との違いなのだろう。


              (つづく)

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2008年4月10日 (木)

『ハマる』

帰路、車道を照らす街灯は暗い
それでもかまわず、僕はその本の頁を開いて行く。
揺れる文字を追いかける。
薄茶けた紙に活字が光るのだ。

そう、「旧友『K』へ」で、書いた。
『竜馬がゆく』のことだ。

実は今、親父が時代小説を書きはじめた。
そのことが引金となって、親父の書棚から引っ張り出してきたのだが、
本の後ろの方を見てみたら

『1975年 6月25日 第一刷』

となっていた。
僕が生まれて10年を迎えようとしていた頃だ。
その本は三十有余年の月日を経て、百五十年も昔のはなしで四十二歳の僕を夢中にさせている。

『嵌まる』とは、こういうことを言うのだろう。
活字の苦手な僕が、文字を追い続けている。
しかも暗い路上を歩きながらだ。

龍馬の魅力はいっぱいだし。
人間性、剣術、龍馬を取り巻く人物、女性・・・。
時代に、話の筋に興味があるのも一つ。
その時代の役者達がどういう役回りをしたのか。
そして、どう動いたのか?

『お腹がすいた。』
ご飯を食べはじめたのに、そのそばから食欲が湧いてくる。
食卓に並ぶとりどりの食事を、皿から無くなることを惜しみながら箸をのばす食い意地の汚い僕。

そんな感じに似ている。
この先どうなるのだろうとワクワクしながら楽しんで読んでいるのに
そこそこ厚めの、四百頁に渡る一冊が、全八巻のまだ初めの方なのに(第二巻の半ば)、
読み終えてしまう寂しさを感じている。

本を読むことが当たり前の人からすると
なんてこともないのだろう。
そんなことに、そんな本に出会えたことに喜びを感じている。

歩道、車道、龍馬と同じ、僕も夜目がきかない
「月夜」、の代わりに水銀の灯りが『竜馬』を照らす

僕は龍馬に成り代わり
維新の道を歩み続けている。

             (了)

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