あいさつ

2013年1月15日 (火)

『明けましておめでとうございます』

明けましておめでとうございます。

って、新年が明け、松の内が明け、七草も、鏡割りも明けてしまいました。
ともあれ、明けてよかった。
みなさま、おめでとうございます。
 
近頃、『フェイスブック』に一言、二言お喋りをする程度しか、書き込むことができず、我ながら不甲斐ないと思っております。
もう少し良質な文章やブログの作成を取り組みたいと思いますので、今後もよろしくお願い致します。
 
Photo
(近所の焼き肉屋さんのショーウィンドー)
炭に熨斗が巻かれています。
手前の白いのは巳の置物。
 
 
 
          みのる

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2012年4月 1日 (日)

 『重大発表』 ー 転勤 ー

転勤の辞令が出た。
人生で初のことである。

福岡は博多。
嫌いじゃない。
むしろ一度は住んでみたいと思っていた町だ。

二十代の頃、出張で何度か行ったことがあり、気候も人も、食事も皆満足できる印象だった。
とても楽しみなのだが、気になることもある。
家内と愛犬を東京へ置いての単身赴任ということだ。

気楽な反面、この十何年かは家のこと、自分の身の回りのことをほとんど家内に任せていたから。

家事も出来ないことはない。
嫌いでもない。
ただその時間がもったいない気がするんではないか。

そうなると食事なんかは毎日、外食か中食。
ラーメン美味いしなぁ。
偏るかなぁ、栄養が。

好きなテレビやら映画やらを観て、パソコンを弄って毎日夜更かしだ。
寂しくて酒も増えるだろうね。

すると、身体を壊かなぁ。
歳もとってきたし。
そして病院へ行く。
結核か、肺炎。

顔をしかめながら咳をする。
目を細めた向こうに見える女性。
看護士さんか、隣のベンチで本を読んでいる御婦人。
心細い時に出逢った人ってのは、つい気持ちが寄っかかっちゃうのは男でも一緒。
『出逢い』ってヤツだなぁ。

永島瑛子さんみたいな陰のある女か。
それとも夏目雅子さんのように透明感のある女性か。
いや、折角だから若くて元気のイイ仲 里依紗ちゃんにするか。

で、また博多弁の響きに参っちゃう訳だ。
『治ったらモツ鍋でも、……』なんてことになったら、もうトントン拍子。

中洲の河岸をぶらつきながら、酔ったふりして手を握ったりして。
いやいや近頃は女子の方が積極的だから、あっちから握ってくるかもしれないぞぉ、チクショー。
もうたまんねぇなぁ。


明日、こちらで引き継ぎをした後、翌、火曜には羽田発の飛行機で福岡へ。
新たな生活が僕を待っている。
僕の方はすっかり待ちきれなくなってきた。

そういうことで皆様、お世話になりました。
といっても、九州からでもネットのスピードはたいして変わらないですかね。

               (了)

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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年

旧年中は、当『新・みのるいろいろ』を御拝読いただきまして誠にありがとうございました。

平成24年 新年を迎えまして、皆様いろいろな想いがあることと存じます。

『絆』という文字ばかりが踊ってはおりますが、ひとりひとりがコトを真剣に考えないといけない時代がやってきたのだと思います。

当ブログにはなかなかそうした内容を書き綴ることはありませんが、時には自分なりの疑問やら、想いやらを書いていくこともあるかもしれませんので、その節はなにとぞご意見等頂戴したいと思います。

皆様のご健勝をお祈りいたします。

本年もよろしくお願いいたします。


 みのる           平成24年 元旦

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2011年1月 5日 (水)

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

新年を迎えまして、
皆様いろいろおありでしょうが、
本年も何卒ご愛顧のほど宜しくお願い致します。


元旦の朝は、通勤路で初富士を望むことができ、胃はもたれていましたが、足取り軽やかに仕事場へ行くことができました。

『一年の計は、元旦にあり。』と申しますが、二日の朝、ホームで通勤の電車を待っていたところ、ふと思いつきました。

『作り話』に挑戦しよう、と。
昨年は『短歌』にと、思いましたが続かず、もちろんまだ諦めた訳ではないのですが、
果たして今回は、どうなることか、ご期待請うことなくひっそりと着手してまいりたいと思います。


ともあれ、皆さんの健康を祈念しここに新年の挨拶とかえさせていただきます。


平成23年 正月
みのる

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2010年11月29日 (月)

水浴び

おととい、水浴びをした。

家の『黒林檎銀次郎』がである。

って、要はパソコンのキーボードに、水を掛けてしまったのだ。

お盆を持って立ち上がろうとしたら、お盆の上のカップがバランスを崩し、キーボードの上にダイブしたのだ。

『うわぁー!』と声を上げたけど、ちょうど出掛けだったので、さっと拭いて、タオルに吸い込ませるように、うつ伏せにして家を出た。


帰宅して、直ぐに電源を入れ、チェックすると普通に動いたので安心したのも束の間。
『キャラクター』と打とうとしたら、
『krクtー』。
『a』が打てない。
すると他にも打てないキーが……。
いくつかの数字や『e』。
『shift』『backspace』『変換』『enter』(テンキーの『enter』はセーフ。)までも、……。
もはや、おしまいである。


作りかけの文章や仕事上の送るべきメールがあった。
仕方なく、過去の文章をいくつか並べ、コピーし、ペーストした。
数字の『6』一文字でもね。


ということで、しばらく更新が空くかもしれませんので悪しからず。


パソコン周りでの飲食には十分お気をつけ下さい。


              (了)

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2010年5月25日 (火)

『 萬 』

2008年10月から開始したこの『新・みのるいろいろ』もとうとうヒット一万回を突破いたしました。

これもひとえに、『検索ワード』でボール球を振って不本意ながらヒットになってしまった人。
また、リンクさせていただいたサイトから迷い込んでしまった方々が多い中、私と知り合ってしまったばっかりに閲覧を強要されている友人知人の皆々様のお陰だと思っており、大変感謝しております。

今後とも懲りずに御拝読賜りたく存じ上げますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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ウェブサイトのヒット件数で、一万回と言うと、
『なんだ,それっぽっちか』と思う方が多いかもしれない。
日に十件だとすれば、一千日も掛かるんだけどね。

インターネットは一般人(地球上のお金持ちでない何億人)の世界をスピーディに繋ぎ、世界があたかも狭いかのように感じさせるほど、多くの情報を共有できるようにしてくれた。
でも、だからこそ皆、その情報が必要かどうかを俊敏に判断し、次へと移動して行ってしまう。

その中で、自分のサイトに立ち止らせるということは並大抵のことではない。


『万』の旧漢字は『萬』だ。
『よろず』である。
『よろずや』と言えば、なんでも屋のことだ。

『よろず承ります。』なんて木製の看板に書かれていたりとか、

『よろず』とはウェブ上の『大辞泉』では、『すべてのこと、万事』とある。
(『いろいろ』ともあるので、まさに当ブログからすると記念碑的な出来事である。)
それくらいに大変なことなのだと思う。


僕の母方のお祖父さんの名前が『萬太郎』さんである。
四国で生まれ、大阪でブリキ職人の修業をして、東京で生業を立て、新潟出身のお祖母さんと所帯を持った明治生まれの人である。

僕の記憶にあるお祖父さんは背を丸め、しわしわのくぼんだ口で、湯のみ茶碗に入った酒(焼酎だったらしい)をくぴくぴやっていた目のギョロっとした細身の人だった。
頭は丸く、短くしていたが少し禿げていたか。
もう、七十代後半だった。

もの静かだったが為におっかなくも見えた。
グレーの綿のズボンをはいていた。

そして、『お祖父さんの匂い』がした。


実の娘である母の言葉では、
『お洒落で、粋で、家にまで洋服屋を呼んで、ニッカボッカ(knickerbockers)を誂えさせたりもしていた。』とか
『お祭り好きで、』とか、
『食い道楽で、』とか、
今『祭り好き』で『食いしん坊』の自分と話しができたらなぁなんて、思ったりもする。

いつか、お祖父さんのルーツを探ってみようとも思っている。
母曰く『四国の武士の出』ということらしいから、本当にいわゆる『武士:上士』なのか、今流行りの『龍馬』らと同じ『郷士:下士』だったりするのか。

『萬太郎』さんに関する話しはいつかものにしたいと思っている。

一万回ヒットを記念して、これを目標と掲げることにしよう。

               (了)

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2010年1月 2日 (土)

謹賀新年  2010年

あけましておめでとうございます。

今年は寅年ですから、まつわるはなしを一つと思っておりましたが、何も考えておりませんでした。

今年も、テーマを持ってみたり、思いついたことや思い出したことなど、楽しく綴ることができればと思っております。

本年も『新・みのるいろいろ』よろしくお願いいたします。


平成二十二年 庚寅

みのる
Minoruoogi3

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2008年2月 4日 (月)

明けまして おめでとうございます(後)

街に人通りはほとんどない。

皆と別れ、家路の途中、近所の新聞屋さんに寄る。

自動販売機と新聞屋さんには蛍光灯の灯りが煌々としている

一年で一番分厚い新聞を買って帰る。
明けた朝、その新聞を開くのが楽しみだ。

帰れば家は、静まりかえっている。
冷たい布団に潜り込むだけで、すぐ眠りにつく新年を迎える晩。

朝、家に静けさが漂っている。
新年のテレビ番組も、自分の体調がそうさせるのか、
こころなしか静かに聞こえる。

雑煮、鶏、すまし仕立てのそれを身体に入れる。
餅は二個、か三個。

ウォーミングアップのように、すでに始まっている。
正月、元旦がスタートしている。

扉を開け、家を出るとまず静けさが違う。
都会に住んでいると、毎日かなりの騒音や雑音に紛れているのだな、
と実感する。

自動車(クルマ)の音が遠い。
人の気配も少ない。

空気が澄んでいるというより、
微細な分子が点描画のように一粒一粒主張しているような濃さで漂っている。

元旦、僕はその中を歩き、一年の始まりを体感する。
毎日、同じ24時間でしかないのだが、この時を迎えることで、己の身が引き締まる。


誕生日もそうだが、また今年も、新たな一年を迎えられるという当たり前のようなことを、
ありがたいと、喜びと感じられる年頃になってきた。

『明けましておめでとうございます』

ちなみに、今日で後厄年もあけました。

                 (了)

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明けまして おめでとうございます(前)

新しい年を迎えるということは
心なしか清々しい気分になる

僕は年中無休のサービス業に従事している為、
元旦から仕事ということもままある。
(大晦日、元旦と働くと、元旦は12月32日だ、などとふざけてみたりもする。が、)

元旦は空気が違う。
静けさや空気の密度が確実に違うと思う。
また、元旦を意識することで、スイッチを入れ直しているところもある。

それと一連の行事や動作が習慣化され、その一瞬がいつものように年の初めを感じさせてくれる。

大晦日、20年近く毎年、地元の大先輩のお宅で、同輩や後輩達と年を越す。

紅白が終わり、ゆく年来る年の映像で、除夜の鐘が撞かれるのとほぼ同時に近くの神社で銅鑼(ドラ)が、また少し離れたお寺から鐘の音が聞こえてくる。

零時を迎えたところで、新年の挨拶を交わす。
暫くすると主である先輩が
『そろそろ行こうか』
の声ともに
敷きつめられた座卓の料理やコップを皆で片付けはじめる。

そして皆で除夜の鐘を撞きに行く。
これまた、毎年恒例になっている。

そのお寺は旧東海道沿いに位置し、江戸時代には、かの宮本武蔵が逗留したこともあり、由緒も有る立派なお寺である。

そこは除夜の鐘を一般の人に撞かせてくれる。
僕は中学二年までその寺の前に住んでいて、もの心ついた頃から、一人でその鐘を撞きに行っていた。
撞く人が途切れなければ、百八つを越えても、撞いており、
200を越えたり、撞き終えたのが午前一時を過ぎていたなんてこともままある。

街の人を想ったおおらかなお寺だ。

なん時間か掛けて酔った身体も、鐘撞きの順番を待つ列に並んでいるうちに醒めて行く。

鐘を撞いた後、ドラム缶で焚いている火に当たりながら、そこで会う知人、友人と新年の挨拶をしたり、

お寺さんを後にして、皆でまた旧東海道をそぞろ歩く。

この時の雰囲気が好きだ。
緩やかな絆が、半径20メートルの中で、
それぞれのペースで、それぞれの会話で、
ゆっくりゆっくり、歩を進めていく。

なんだか、冬空に浮かぶ星座のよう。


                 (つづく)

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