飲み屋噺

2009年10月 1日 (木)

『 携帯電話 』

連休で家に遊びにきていた大学の先輩が、夕方になって帰っていった。

彼は朝からビールで迎え酒をして、昼過ぎには僕も昨日の残りのワインを少し舐めはじめた。
話しは、昨日の夕方から、寝ている間を除いて、丸一日続いた。
午後六時、テレビを点けて、ニュース番組を見て、暫くの沈黙が続いたところで、突然

『帰るわっ。』

と言って立ち上がり先輩は玄関を出た。
僕は最寄り駅まで、送っていった。

僕が家に戻ると、家人が家の前で待っていた。
彼が、ローテーブルの上に、携帯電話を忘れて置いていったのだ。

ついそこまで送るだけだったので、僕も携帯電話を持っていかなかった。
僕らは家を出て、私鉄の駅に向おうとしたのを、途中で、都営線の駅へ方向転換した。それが不味かった。

家人は私鉄の駅の方まで追いかけてくれたらしいが、僕らはそちらからぐるりと回って、都営線の駅に向った為、結果、追っ手(家人)をまいてしまったのだ。

家で、先輩が戻ってくるのを暫く待機したが、戻ってくる様子がない。
彼が僕の携帯電話や、家の固定電話の番号を覚えているわけがなかった。


前の日に僕からの電話が掛からなかった事で、彼は僕の番号を再確認したのだけどなぁ。


最寄り駅に到着したら貰えるはずだった、彼から電話は掛かってこなかった。
それは、彼が僕の携帯電話の番号を下二桁で入れ違いに登録していたからだ。

彼は二度三度、その間違った番号に掛けていたのだそうだ。

その話しにも続きがあり、翌朝、迎え酒をやっていると、僕が掛けていないのに、僕の目の前で僕の名前で彼の携帯電話に、電話が掛かってきたのだ。

もちろんである。
その僕の名前が登録してある番号は、前日に間違って掛け続けた番号の主のものだからだ。

最初、彼はその電話の着信音に
『怖いぃ』と言って、出ようとしなかった。

『それはないでしょう、向こうの方が怖がってるよ』
と諭し、三度目くらいで彼は出ることにした。
そして、前日に掛けたのが間違いだった旨を伝え、謝って電話を切った。

そんなやり取りがあったのだ。
しかし、お酒もしこたま飲んで、話しもいっぱいしているので、僕の携帯の番号なんて覚えている訳がなかった。

彼の固定電話にかけても、『現在使われておりません』だし、もちろん彼の携帯電話は目の前にあるし、

その後、僕は彼のPCのメールアドレスに、『どうしましょう?』と送った。
彼からは、PCから僕の携帯に連絡が入っていた。


結局、僕は仕事場に彼の携帯電話を持ち歩き、時間と場所を決めて待ち合わせる事にした。

午後五時前、秋葉原の電気屋さんの前で、彼の携帯電話を渡すと、彼に言われた。

『あの日、途中の駅で気付いて、引き返して、玄関のチャイムを何度か鳴らしたんだけどね』
『えっ!…』

僕は三階の部屋にいて、チャイムの鳴る音にまったく気付かなかったということだ。
(普段なら、愛犬が吠えてくれるんだけどなぁ)
まったくかたじけない。


携帯電話は、携帯しないと駄目ってことね。

               (了)

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2009年9月16日 (水)

『 あんたあんた 』

と或るお宅で起こった話しである。


そのお宅の御父上が手術を翌日に控えてのこと、

『もしもし、俺 ……』
『あんた、何やってんのよ!』
『…!?』
『今日は入院で、明日が手術だって言ってたのに!!』
『あぁ、いやぁ……』
『あんた、風邪ひいてんのぉ?声がおかしいわよ!!』
『うん。…… 』


そちらのお宅には二人のご子息がおり、二人とも既に家を出ていた。

弟さんの方は、仕事の都合で入院する日にしか行けない予定だったのだが、兄上が翌日の手術に立ち会えるということで、弟さんは安心していた。
御母上一人では心細いのではないかと思っていたからだ。

兄上は頼りないところもあるそうだが、長男特有の強さとでもいうか、どちらかと言うとお調子者の弟さんに対して、どっしりと構えていて、やはり頼もしいのである。

しかしこの日、その兄上が、入院の日と手術の日を勘違いしていたらしく、結局、手術当日には立ち会えないことになり、御母上はかなり憤慨しておられたそうだ。

手術に一人で立ち会うのは、御母上でなくとも厭なもんだ。
不安になる。

だから、頼りにしていたのだろう。

その事を御母上と弟さんと電話で話したすぐ後のことだそうだ。
その電話が掛かってきたのは、


御母上は兄上を捲し立てた。
が、それでも優しい御母上は、兄上の身体の不調を声に気付いたのだ。

『あんた風邪ひいてんのぉ?……』

その後も、
『あんたが、…』
『 ……… 』
『あんた、……』

と言っていたら、電話が切れてしまったらしい。

怒りが収まらなかったのか、用がまだあったのか、今度は御母上から兄上の方へと電話をしたらしい。


『どうしたのぉ?』

すると、兄上が普通に出たそうだ。

『あんた、風邪ひいてんじゃないのぉ…』

兄上の声は元気そうだったらしい。

結局、御母上が怒りをぶちまけていた相手は、兄上ではなく、『おれおれ詐欺』の『おれ』だったのだ。

兄上のおかげで、御母上は、おれおれに騙されることなく、いわば打ち勝ち、敵を退散させることとあい成ったのだそうだ。

人の怒りのエネルギーには力があるということなのかもしれない。

               (了)

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2009年8月 3日 (月)

『 その後… 』

『梅雨明け、ガンダム、昼ビール』

http://minoru-iroiro2.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-a339.html

仕事場で『実物大(1/1)ガンダム』を見に行った話しを二十代後半の男の子としていた。

『動き出したりしないんですか?』

『首を振ったり、天を見上げたりはするよ。』と僕。

『歩き出したりはしないんですか?』
結構、とぼけた奴だ。

『そりゃぁ、無理だよ。基礎からしっかり作ってあるもん。』

僕は今回の『GREEN TOKYO ガンダム プロジェクト』のメイキング映像をチラッと見ていたので、少し語ってみた。

そして、

『動き出したら、『アシモ』(by HONDA)のようだったら面白いね。』
『ガンダムが、…ハハハッ!』
『ハハハッ!』

僕らは『アシモ』の動きで走る『ガンダム』を想像してしまった。
両手を脇に抱え、ヒョコヒョコと独特のリズムで走る『ガンダム』を、

(戦いを終えると後ろ向きで『充電ステーション』に戻っていくのだ。)

http://www.youtube.com/watch?v=BWK2__7e_VE

『空模様』

http://minoru-iroiro2.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-85d7.html

宇宙飛行士、若田光一さんがおよそ四ヵ月半の国際宇宙ステーションでの、様々なおもしろ実験や、ロボットアームを使って、日本の送った実験棟『きぼう』の組立てを終えて帰還した。

帰還したことで、その仕事ぶりをニュースワイドショーなどで振り返っていた。
『空飛ぶ絨毯』『綱引き』『水鉄砲』『振り子』などなど、

宇宙ステーションの窓から、淡いワタ飴につつまれているかのような、青い地球の映像はいつ見ても素敵だ。
宇宙ステーションはかなり地球に近いところを回っているらしく、地球からもその姿が、見えるとか。
と、『UFO』の映像よろしく発光する点がかなりの高速で地球の周りを回っている映像。

それともう一つ、

『今日の北海道からも見えました。』
と言って、映し出された映像。

薄い青空の彼方向こうに、宇宙ステーションのカタチが、そのまま、そしてか細く映っている。
それは夏の日の水辺、太陽に輝くミズスマシのようだった。

とても不思議な感覚だった。

               (了)


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2008年10月28日 (火)

ドリアンとアジ

今日(10/26)
、仕事場で、同僚がポケットから飴の包みを一個取り出して、僕に手渡した。

『何ですか?』
『ドリアン』

『食堂に置いてあったんだけど、・・・』
(他の部署のお土産じゃん)と思いながら、
『ドリアンは苦手だから』と彼は続ける。

『ドリアンって、どんな味なんですか?食べたことも、「臭い」って言われる匂いも、実は嗅いだことないんですよ』と僕。

『うーん、「くさや」みたいな匂い』と彼。
伊豆七島なんかの名産品、ムロアジやトビウオなんかを海水で漬け込み醗酵させたアレだ。

仕事中だったので、その黄色い包みをスラックスのポケットに入れておいた。


    ***************

休憩の時、別の部署の「J」君に差し入れのパウンドケーキをお裾分けした。

『これなんですか?』
『カボチャ。大人の味って感じ・・・』
と言っているうちに彼の顔色が急変した。
カボチャが駄目なんだそうだ。

『そんな人もいるんだぁ』と言いつつ、申し訳ないので、すぐ別のおやつを渡し直した。


味と好みとはそれぞれだし、不思議なモノだ。

    ***************


終業のスキャンをしたあと、ロッカーでズボンのポケットから黄色い包みがでてきた。
そうそう、ドリアンの飴だ。

開けてみると飴玉でなく、キャラメルの体だった。
特に臭い匂いは無い。

口に入れてみた。
(うわぁっ、これは・・・)
そう、僕の口の中のキャラメルは、『アジの開き』の匂いを醸し出してきた。
(『ドリアン』≒『クサヤ』≒『アジの開き』か、)

『アジの開きだ、アジの開き』と僕は誰もいないロッカーで独りおもしろがっていた。
この味を誰かに伝えたくなった。

駅までの徒歩、僕はまだ、心の中で
『アジの開き、アジの開き』と唱えていた。

がしかし、駅の階段まで着たら、とうとう、気持ちが悪くなってきた。
途中、鼻をつまんで、味が分からなくなるようにしてもみたが、限界だった。
近頃の殺虫剤入りや防腐剤入りの食品が問題になったりしていることもあって、だんだん変な気持ちになってきた。

結局、とうとう改札の前で、僕はその『あじの開き』の味のキャラメルを、口からティッシュに吐き出した。
口の中に後味を残したまま、僕はその包みをホームのゴミ箱に捨てて帰った。


                    (了)     

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2008年9月 4日 (木)

『遊星のサドル』 at 吉田道場下

近所に『吉田道場』がある。
バルセロナオリンピック、柔道男子78kg級金メダリストの『吉田秀彦』氏の格闘技道場だ。
東急線『某』駅近くのビルの二階にある。


僕んちには愛犬がいる。
彼と行動を共にする事は、日本ではまだまだ快適ではない。
飲食店に同伴できるのは、「盲導犬」か「介助犬」のみがほとんどだ。
なので、ときにはキャリーバッグに忍ばせて、知らんぷりをして連れて入ることも、間々ある。
(飲食店以外だけどね)

しかし、うちの子はどうにも、じっとしてはいられない。
なので、飲食店の場合は店の表にあるテラス席を探すこととなる。

東京とはいえ、「テラス席」のある、「ペット同伴可」の飲食店などは、小洒落た街、「駒沢公園」「自由が丘」「渋谷」「代官山」「お台場」などに、そこそこあるぐらいで、
なかなか、そんなに広い地所も、理解してくれるオーナーも、お客さんも居やしない。


昨日の散歩で、初めて気付いたのが、『吉田道場』の下のホルモン焼き屋だった。
坂の途中なので、3、4段上がったところに店の入り口がある。
高く上げた基礎のおかげで玄関前に一間ほどのスペースがあった。
ビールケースの上のコンパネ(コンクリートパネル)テーブル、小さな丸椅子でもって、席が作ってあった。

「生ビール」「シロ」「ハツ」「レバー」「ししとう」「豚バラしそ巻き」「セロリの浅漬け」「もつ煮」「ネギ塩ホルモン炒め」等々

なかなか悪くなかった。
残暑残るも、夕方には秋を感じさせる涼しい風が通る。
「もつ煮」はさっぱりした味でGood。
「ネギ塩ホルモン」もニンニクとキャベツの甘みがイイ感じだった。


しばらく飲んだところに、連れが言った。
僕の肩越しの風景。

『どうして二色なのか分からない』
自転車のサドルのことだ。
振り返るとアンティーク調の自転車が一台。
サドルが「ツートーン」になることは、そんなに珍しいことではないのに、

Photo_3

そう話すと、
『違うよ、あっち』
と指を指す。
僕はさらに腰をひねり、連れの言ったことの意味が分かった。

そこにはもう一台の自転車があり、その中央に乗ったサドルは、
「前後を真ん中から二分し、前がシロ、後ろがグレー」のなんとも奇妙なサドルであった。

Photo_4

確かに意味も、デザイン性もよく分からないものだなと思った。

韓国焼酎のハーフボトルを二本空にして、僕はテラスから落ちることもなく、その店を立った。

                  (了)

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2008年7月 4日 (金)

キャラクター  (1)

小学二年生の時、よくある『将来の夢』という題で作文を書いた。
そのころは、なぜかもう、『マンガ家』になりたいと思っていた。

「なぜかもう」というのは、その頃に何のマンガが好きだったのか、なぜマンガ家になりたかったのかを覚えてはいないからだ。

小学校高学年になると、『デビルマン』の単行本を買い、模写をして永井豪プロダクションに送ってみたり、(ゲッターロボの絵はがきが返って来てとても喜んだ思い出がある)

水島新治の『ドカベン』や彼が自ら編集していた月刊誌『一球入魂』などに夢中になった。(ここにも模写を投稿して掲載された)
(月刊誌の中のマンガの題名が思い出せずにwikipediaやamazon.co.jpで調べてやっとその記憶と合致したのが『白球の詩』(月刊誌の中では『ある野球人の記録』)だった。)

しかし、小学二年生に何を見て、どうしてそう思ったのかはやはり思い出せない。

小学二年生の時、図工の時間に『担任のオカダ先生(女性)』を描いた絵が評価され、自分でも良くできたと思ったことが唯一思い当たる節。


僕らの小学生当時は、今でいうアニメではなく、マンガだったと思う。
(その違いや定義を知らないのだが、)


テレビアニメ(あっ、セル画を動かすのがアニメかな)は
『ムーミン』『ひみつのアッコちゃん』『魔法使いサリー』
『いなかっぺ大将』『モーレツあ太郎』『天才バカボン』『オバケのQ太郎』
『タイガーマスク』『巨人の星』『あしたのジョー』『サスケ』
『マジンガーZ』『ゲッターロボ』『宇宙戦艦ヤマト』etc.などが好きだったのだが、(結構あるなぁ)

どちらかというと、実写板のヒーローものの方が、全盛期だったのだと思う。
『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『帰って来たウルトラマン』
『仮面ライダー(1)(2)』『仮面ライダーV3』
『キカイダー』『ゴレンジャー』『ロボット刑事K』
『レインボーマン』『怪傑ライオン丸』『変身忍者嵐』『ロボコン』
『ミラーマン』『シルバー仮面』『ジャイアントロボ』『怪獣王子』などなどキリがない。


少女マンガの「瞳」部分に、「星」をキラキラ入れて描いて、アニメファン、アニメ作家志望の真似事のようなこともやってはいた。
五年生の時には科内クラブで『マンガクラブ』を起こし、水島新司氏のキャラクターそっくりの野球マンガを一冊出した程度だった。
(部員は僕以外みんな女子でした)

僕らの少し後に、『ガンダム』世代と言われるまでのムーブメントがおこり、アニメブームの到来があったのだろう。


中学時代は『DR.スランプ』『マカロニほうれん荘』『ドラネコロック』なんかのナンセンスコミックに嵌まった。
この時にも、主人公や登場人物の模写をよくしていた記憶がある。


高校に入ると或る出来事が起こった。
一年の夏休み前、帰宅途中のいつもの本屋さんで或るマンガ雑誌を立ち読みしていたところ、突然、

『疲れた!』

と思ってしまったのだ。
それからというもの、僕はマンガを見ることがほぼ無くなってしまった。

何が原因なのかはまったく分からないのだが、僕はその瞬間からマンガを読むことに疲れてしまったのだ。

僕は幼いころから絵を描くことが好きで、マンガを描くことも好きだった。
しかし時間の流れが、僕の興味からマンガを排除してゆき、また別のモノへと変えていったということなのだろう。


                 (つづく)

キャラクター【character】

[1] 性格。人格。持ち味。
[2] 小説・漫画・映画・演劇などの登場人物。
[3] 文字。記号。
           (大辞林:三省堂より)

まんが[―ぐわ] 0 【漫画】

[1] 大胆に省略・誇張して描き、笑いを誘いながら風刺や批評をこめた絵。戯画。
→カリカチュア
[2] 絵または絵と台詞(せりふ)によって表現される物語。・四コマ― ・少女―
[3] 気の向くままに描いた絵。
           (大辞林:三省堂より)

アニメーション【animation】

絵や人形などを少しずつ位置・形をずらして1こまずつ撮影し、映写すると動いているように見える映画。動画。アニメ。

[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

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2008年6月25日 (水)

『女遍歴!』

男として女性を意識し出したのは、記憶を辿ればおそらく幼稚園の頃だ。
クラス(「ゆり組」)に可愛い、好きな女の子(達)ができた。
それを、芸能人なぞらえたら、当時大人気のドリフターズのテレビ番組にレギュラー出演していた。彼女達だった。
幼稚園:ゴールデンハーフスペシャル(8時だよ全員集合!:全員)

小学校に上がるとバラエティだけでなく、ドラマ、歌番組も見るようになる。
従兄弟のお兄ちゃんから『明星』など雑誌の付録ポスターなんかを貰うようになる。
小学校:天地真理(ドラマ『時間ですよ!』/人生初のレコード『恋する夏の日』を父にパチンコ景品で貰う)
    安西マリア(ビキニ姿が眩しかった、きっと雑誌『明星』なんかを見たのだろう。今でいうグラビア系アイドル)
    桜田淳子(?:時代というものか、どうしてかは覚えていない)
    山口百恵(歌、いわゆる「日本的」な美しさを感じ始めた)
    伊藤蘭(彼女も「日本的」美人系/ドラマ『事件記者 チャボ』)


中学のころは一番多感なはずだが、芸能人で誰?というのは覚えていない。
学校やクラブ活動が楽しくて、芸能人どこではなかったのかもしれない。
(キョンキョンとかは中学後半かもしれないけどね)

高校: 小泉今日子(天地真理に次ぐアイドル、絶対的アイドル。かなり好きだった)
    柏原芳恵(思春期には刺激的な肉体だった)
    中森明菜(同じ歳の歌手でありながらあの色香)
上、三人は同じ学年
    古手川祐子(ドラマ『思い出づくり』(→柴田恭兵がカッコ良かったけどね))
    原田美枝子(顔、身体は完璧な彫刻のよう。数々の映画に魅せられたなぁ)


浪人、大学時代は少し趣が変わる
映画を一番見た時期なので、過去の作品の若いころの女優さん達に憬れたら、歳のいっていた人達になっていた

浪人、大学、20代後半:
    藤谷美和子(ドラマ『ゆうひが丘の総理大臣』(再放送)、映画『それから』)
    樋口可南子(篠山紀信写真集「Water Fruit 不測の事態」映画『ベットタイムアイズ』(作、山田詠美)
    大竹しのぶ(かまととぶりの話し方は明石家さんまならずとも)
    八千草薫(ドラマ『茜さんのお弁当』からやはりその『かまととぶり』が好きだった。)
    池内淳子(昭和の映画『社長』シリーズ、『駅前』シリーズ)の芸者役の可愛いさは絶品)
    風吹ジュン(脇役が多かったけど、まったりした「汚れ」役がgoodでした)
    加賀まりこ(映画『麻雀放浪記』)
    竹下ゆ●り/鮎●真理(多くは語らないことにしよう)
    墨田ユキ(映画『墨東綺談』色白の肌、切れ長の目、ポッタリした唇が浮世絵の様)

学生時代というのは、よっぽどこんなことに夢中になっていたのだなと、振り返える結果だ。

1990年代は、当時トレンディドラマが流行していたものの、あまり見る機会がなかったせいか、自分が入り込めたドラマに覚えがない


30代、40代:
    菅野美穂(ドラマ『2001年の男運』元気な喋り、声)
    深津絵里(ドラマ、映画『踊る大走査線』、CM『チョコラBB』、最新ではドラマ『CHANGE』)
    竹内結子(ドラマ『ガッコの先生』かな?中村獅童はないなぁ)
    柴咲コウ(ドラマ『Dr.コトー診療所』)

後半は、元気ではつらつとした、そして主人公に対していたいけな役回りを演じた女優陣が好みになった。

時代とともに、変遷した憧れの芸能人でした。

(次点、米倉涼子(『じゅあいよ・くちゅーる マキ』でした)


                   (了)

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