『八百長』
大相撲九州場所が始まった。
ここのところ、様々な問題が相撲界を揺るがし、マスコミを賑やかしている。
その中で、『八百長相撲』とか『八百長力士』とか、『八百長』『ヤオチョー』って、騒いでいるのが、どうもしっくりこない。
『八百長』っていうのは、博打なんかで使う言葉だと思っていたからだ。
或る勝負に対して、お金をはっているのが博打だ。
その時に賭けているお金をせしめる為に、インチキをしたり、わざと負けさせたりするのが、『八百長』だ。
『勝ちたいから、負けてくれ。お金をあげるから。』
これは、相互間での話なら別に『八百長』でもなんでもないんではないか。
『いやしくも、『スポーツ』だから。『武道』だから。
さらには、『国技』だから、駄目なのか、許せないのか。
お金が絡むからなのか。
僕は『大相撲』は興行だと思っているから、金銭のやり取りがあったとしても、
『勝ち』を譲って貰って、何が悪いんだ、と思う。
日本相撲協会のハードスケジュールの中で、怪我、病気をおしてまで出場することもあるんだし、
たんに、給料の問題でなく、メンツの問題で、どうしても勝ちたいと思ったって、イイんじゃないか。
小さな、閉ざされた社会の中のことをどうして周りが、部外者が『ああだ、こうだ』言うのだろうか。
『国技』として、公共放送で流されているから、全力でぶつかり合わないと教育的にも悪いことなのだろうか。
『アマチュアスポーツ』なら分かるけど、『興行』とか『プロスポーツ』なんてものは、
お客さんを喜ばせる勝負で集客して、視聴率をとって収入をを得られれば多少の出来レースがあったって構わない。
ただあまりにも、見え見えの嘘くさい、いわば下手な真剣勝負ぶりは、興醒めしてしまうが、(この場合、『プロレス』は当てはまらない:この話はまたいつか。)
もちろん、そんな勝負ばかりではおもしろくもないが、
もしそれで、ファンが離れていったとしても、自己責任だ。
『あの名勝負は嘘だった!!!』
なんて言われても、
『余計なお世話だ!』
『もしそれが、嘘ん気だったとしても、こっちは本気で楽しんだものをなぜ台無しにするんだ!』
『せっかくの思い出をどうしてくれるんだ!』
と思ってしまうね。
正義漢ぶって、世の中を騒がして『金儲け』しようって魂胆じゃねぇのっ!
こっちを『八百長』って言うなら、そっちの方が『八百長』じゃねぇか!
そんな『見え見え』の出来レースなんか、しゃらくさくって、見てらんねぇ!
ということで、そんな記事は一切読んでいないけどね。
(了)
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やお‐ちょう〔やほチヤウ〕【八百長】
《相撲会所に出入りしていた長兵衛という八百屋(通称八百長)が、ある相撲の年寄と碁(ご)を打つ際に、いつも1勝1敗になるように手加減していたことからという》
1 勝負事で、前もって勝敗を打ち合わせておいて、うわべだけ真剣に勝負すること。なれあいの勝負。「―試合」
2 なれあいで事を運ぶこと。「―の質疑応答」
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]参照


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