健康

2009年6月20日 (土)

『ギックリ』

朝、ネクタイを締めて、…
朝、ネクタイを締め…、
朝、ネク……、タイを…

朝、………  ネクタイを締め…、
  ネクタイを………、ネク…あれっ、


一日に、通勤の行き帰りと、仕事場用のものと、三回は同じようにネクタイを締めている。

『セミウィンザーノット』

それなのに、その時はなぜか、五、六回、いや、それ以上に何度やってもネクタイを締められなかった。


クールビズでノーネクタイの期間ができたとはいえ、仕事場ではしているので、15年くらいは毎日のようにネクタイを締めている。
なので、手の動き、運びをそんなに意識しなくなっている。

冷静に、理論的に考えようとしても、できなかった。
忘れていた。ということか。

そして僕は笑った。

今から10年前くらいだろうか、

歳末、クリスマスを前に、店舗の宝石屋は掻き入れ時を迎える。
僕も例にもれず、二週間程休みなしで働いていた。(当時、宝石店店員)

クリスマスを終え、確か12月26日だったと思う。

一日十時間の立ち仕事、ちょっと腰がだるかったのを覚えている。
そして、つい、マッサージをしてもらった。
(これが、良くなかった。)

その瞬間は覚えていない。

しかし、
『あれっ、… 』

『動けない。』

動こうとすると、『痛い』。『痛い』から『動けない』のだが、『痛い』ことよりも、あまりにも『動けない』ことに驚いたくらいだ。

もともと、その年の三、四年前に初めての『ぎっくり腰』を経験していた。
なので、再発ということになる。

まったくこの時も笑ったのだ。
笑うしかなかったのだ。身動き一つせず笑った。(『できず』だけどね)

時間を掛けて身体を横にして、腰と膝を『く』の字にして、
そのまま畳の上で、掛け布団だけ掛けて寝た。
そんな思い出があった。


だから今日のネクタイのことは、脳が『ギックリ』して、記憶も身体の習慣もいつも通り動かなくなったのだろう。

こんな時、人は笑うしかなくなるのかもしれない。

ただ、こうしたことが頻繁に起こるようになるとちょっと笑えなくなる。

              (了)

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2009年2月26日 (木)

『 メイシャ 』  2/2

昔、学校の保健室に貼ってあった『保険ニュース』的なポスターに『トラコーマ』の病状の実物写真があった。
患っていた方には申し訳ないが、その当時は正直、目を背けていたと思う。

その日は、目薬(点眼液)を二種類処方してもらって帰った。


二回目の診察。
土曜の朝九時だというのに、待合室はまたしても満席。
八時過ぎに診察券を持ってきておいたので、五番目くらいには呼ばれた。

奥の診察室で先生に
『ほぼ良くなったので、あとは目薬を…』いついつまで注して、にとどまった。

『最後に眼圧を測って、』
と言った先生にお礼を言って、初日の初めに目についた白い機械の前に座った。

顎とおでこを当て、機械の中を見る。
『大きく見開いて下さい。』との指示に従う。

次の瞬間、『フッ!…、フッ!…』と眼球に空気が当てられる。
右、そして左眼。
『フッ!…、フッ!…』
看護士さんが『あれっ?』という顔で、
『もう一度、大きく見開いてぇ、』
と言って、『フッ!…、フッ!…』
瞬きをしてしまったか、と僕自身は気を取り直したが、
『もう一度ぉ、』と少し焦っているよう。
機械の調子が悪いのかと想像した。

『フッ!…、フッ!…』

看護士さんは腰を上げ、小走りに奥の診察室の先生のところに駆け寄った。
『先生…、21…、22…』
とぎれとぎれに聴こえる看護士さんの声。

すると先生が僕のところまできた。
『正常な眼圧というのは、数値では『20』以下なんですけど、ちょっとそれを越えていたので、
もし来れるのなら、ひと月後くらいにもう一度来て…』

礼を言って診察室を出た。
診察の会計を待っていると、『緑内障』の文字が眼に飛び込む。
『40歳を超えたら注意!』のパンフレット。

それまで、一度も眼に入らなかったものが見えてくる。
三十数年ぶりの『メイシャ』は少し印象の違う、油断のならないものになっていた。


               (了)

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2009年2月25日 (水)

『 メイシャ 』  1/2

何十年かぶりで『メイシャ』へ行った。
『メイシャ』とは眼科医院のことで、眼医者さんのことを呼び捨てにしている訳ではない。(『ハイシャ』もそう)

近所で評判の、とは聞いていたが、まぁ混んでいた。
畳10枚くらいのところに長イスが四列、教会のように並んでいて満席の待合。

『あー、花粉症か。』と察する。

雑誌があるだろうと期待して、本を持っていかなくて後悔した。
待っている人が次から次へと診察室に呼ばれていったが、僕が呼ばれるまで40分程待った。

明るく広い診察室には一人が検眼、一人が白い機械(後に解ることになるが、『眼圧』を測る機械だった)に顔を当てて、丸イスに腰掛けている。

中にも待つ為の長イスがあり、僕より先にもう一人が座っていた。
で、右奥のカーテンを開け閉めして出入りする女性を含め、三、四人の看護士さんが行ったり来たり、傍観したりしている。

「目やにが出る」「ごろつき感がある」「白眼が赤くなる」
症状で、二週間もほっておいて、なんてことなかったので、診療前の緊張のようなものは無い。


おそらく三十数年以上前に『メイシャ』へ行った時も「眼が赤く」なったかだったと思う。
古い洋館の佇まいだった。
床は濃い茶色の板敷きで壁はやさしいアイボリー色の漆喰だったか。
上品な60年輩の女医さんだった。
診察室全体がセピア色に覆われている昭和の『メイシャ』。

優しい声に促されて、開かれた眼で瞳を上へ、下へ、
薄い金色のアルマイトの水受けを眼の下に当てる。
ガラスの細い注ぎ口の薬さしから、ホウ酸水が流され、眼の玉が洗われる。
アルマイトにカラカラと水の落ちる音、…

それでお終いだ。
『メイシャ』とはそういうところだ。


僕はカーテンの奥に誘われ、その暗がりには、60年輩の男の先生がいた。
先生は僕の瞼を摘みながら確認する。

『上を見て、今度は下。』
『黒眼は綺麗だね。』
なんて、色っぽいことを言われる。

『結膜炎』ということだった。

眼の病気のことなどほとんど知らなかった。
せいぜいバイ菌が入った程度と甘くみている節があった。


            (つづく)

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