時代

2009年11月21日 (土)

『 土曜の夕(ゆう) 』

土曜日の夕方。
お風呂屋さんへ行くのに、途中『開かずの踏切』があった。
京浜急行、『南馬場』(現『新馬場』)駅から下り方面、『青物横丁』駅手前、二つ目の踏切だ。
信号機が30分も『ン』と鳴り続けていた。

僕は小学校高学年になっても、母親とお風呂屋さんへ行っていた。
しかも入るのも一緒で、女湯だった。

その踏切の前では、母とよく手をつないでいた記憶がある。
それだけ甘えた子供だったのだ。
いや、独りが嫌いだっただけだ。


その日は休日の運行で、踏切は難なく渡る事ができたはずだ。
あと二、三十メートルも歩くと、第一京浜国道、国道15号が走っている。


昭和50年。'70年安保の学園闘争も落ち着き、オイルショックの大騒動や、マイホーム、マイカーなんて言葉も知らないで過ごしていた。

ドリフターズに天地真理。
プロ野球ならジャイアンツ。
プロレスにキックボクシング、そんなテレビに夢中になっていた。

家の外なら、放課後の草野球。
虫を追いかけ、神社やお寺を駆けてまわった。
駄菓子屋でいつまでもうろうろとしていた。
近頃よく聞く言葉でいうところの『ルーティーン』になっていた。

『ヴウォ〜ンウォ〜ン、ヴウォ〜ンウォ〜ン』
『バリバリバリリリリッーーー』
『パラリラパラリラ……』

黒いアスファルトで唸り上げ、コンクリートのビルを這う。
首都東京の空に響き渡る轟音。

幾台ものバイクや乗用車が、おそらく3-400台はあったのではないか。
第一京浜国道を、次から次へと切れ間無く走っていた。

戦国時代の騎馬の大軍を想起させる。
そう、バイクのことを『鉄馬』呼ぶことがあるので無い話しではない。
(『鉄馬』で調べたら、鉄の鎧ををつけた騎兵。また、勢いが激しく勇猛な騎兵。とあった。)

エンジンが、マフラーが爆音を鳴らし、風の音が塊となって国道を流れていく。
バイクや自動車のフォルム、デザインもさることながら、バイクに跨がり、自動車の窓から身を乗り出す男の人達を、眼を輝かせて見送っていた。

その彼らが、暴走族で、社会や大人達に対しツッパっていたかどうかなんて、分かっていなかったと思う。


こないだ、お祭りの会の仲間が集まったとき、中学時代の同級生の親友『R』が言った。
やはり、僕と同じように、当時の彼らを、彼らの集会を陰から覗きにいった経験を持つ『R』は、

『あれはお祭りなんだよ。見てるだけで、ワクワクドキドキするんだよ。楽しいんだよなぁ。』
『あの音と車とが、カッコいいんだよ』
と、

そう、『音』と『フォルム』、『威勢の良い男達』を見る楽しみ方はまさに『お祭り』だなぁ、と僕も思った。

僕らはバイクに乗れる歳になっても、暴走族に入ることはなかった。


僕はお風呂屋さんへ行く脚を止め、いつまでも続くその車列を眺めていた。

土曜の夕、その日はきっと、僕は一人でお風呂屋さんに向っていた。

               (了)

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2009年3月29日 (日)

『クラスメイト』 - 2/2 -

他の同級生の話しになった。
野球部の『H』、マスコミ関係の大きな会社で部長をしていると言う。


高校三年の一学期の期末テスト最終日、みんなで打ち上げをした。
その日は『H』の誕生日だと思っていた。
7月12日。
30から40人は集まった盛大な飲み会となった。(!?)
受験を控える夏、決起大会のような、高校生活最後の飲み会のような盛り上がりだった。

しかしその日は僕の『失恋記念日』でもあった。
三年になってから恋心を寄せていた『S』ちゃんに彼氏ができたという情報が入ったのだ。
その日まで、とてもイイ雰囲気になっていた、と思っていたのは僕だけだったようだ。

当時、彼女は『思わせぶりだよ』と言ってくれた仲間もいた。
なんて話しをすると、『M』が、

『え゛っーーー!! みのる(実際は本名)もぉーーー!! 俺もだよぉー!!』
と声を上げた。
『好きだったんだよぉー!』と、

僕の『失恋記念日』には、続きがあった。

『そんな僕を慰める為に二次会、三次会が開かれた』話し。
『(会を重ねる毎に親密になり)その日、その時から交際が始まったカップルができた』話し。

『M』は『S』ちゃんの話しにソワソワしていたようだ。

そんな中、僕は『S』ちゃんの知っていることなら、みんな盛り上がるだろうと思って、

『そう言えば、『S』ちゃんの夏服のシャツの袖から、『ワキ毛』がジョリジョリ覗いてたのを誰かが見たんだよなぁ』という話しをした途端、またしても、

『え゛っーー!?!? うっそぉーー!!』
と『M』が嘆き、叫ぶ。
『T』と僕は
『いや、ホント』『ホント』『なぁー』『なぁー』と同調する。

『ヤメてくれぇーーー!!!』

『M』の25年来の幻影が崩れ去った瞬間だった。
今日は『M』の『失恋記念日』を肴に飲む格好になった。


今年、四十四歳になる男、三人が高校三年の頃に戻ったように喋り続け、あっという間の四時間半。
なんと、居心地の好いことか。

再会を約束して、駅で別れた後の歩みは、春の香りのする夜風のようにとても軽やかだった。


            (了)

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2009年3月28日 (土)

『クラスメイト』 - 1/2 -

高校一年の時のクラメイトの『M』(男子)に初めての赤ちゃんが誕生したので、お祝いで仲の良かった三人が集まることになった。

久しぶりに旧友と再開できることは楽しみだった。

本当はというか、当時は四人だったのだが、住む場所が離れてしまったことで、一人が疎遠になってしまった。
疎遠といえば、今回会う『T』についても7、8年ぶりだから、やはり疎遠になっていたということか。

実はその『T』と疎遠になったのには僕自身に原因があるのではないかと思っていた。
なので、待ち合わせ場所で『M』と『T』が来るのを待っている時は、楽しみというより、不安の方が勝っていたと思う。

『M』についても、一緒に酒を酌み交わすのは2、3年ぶりだ。
この歳になるとそれぞれ、日々の生活のペースがあるので、そうそう会えるもんではない。


5分程して『T』が現れた。
『M』に祝いの言葉をかけた後、どんな店に入るかとかを話しながら駅ビルを出た。


数分もしないうちに今風の居酒屋に潜り込んだ。
乾杯の後、注文もそこそこに話し出す。

『赤ちゃん』の話し、『命名』の話し、それぞれの『近況』と、途切れることはない。
おまけに仲居さんのの一人が『M』の前の仕事場で使っていた居酒屋の娘(コ)だという偶然まで起こる。(実は店長だった)
この場の『縁』というものか、

場はいっそう和やかになる。
『なかなかノリのいい娘(コ)なんだよ。』
と言いつつ、名前を思い出せないでいる『M』。

何度目かの登場に『T』がその事をバラしてしまった。
その時の彼女の表情は心なしか、くぐもったように見え、その後、来る回数は減った。
代わりに、運んでくるのは男性か、おばさんになった。

しかしそれは、我々の話しの腰を折らないように気を遣った為なのか、


僕はこんなだから、『T』にこう言われたのだ。

『みのる(実際は本名)は、思い込みが激しいんだよ。』と、

そう、僕が7、8年前に気にしていたような事などはないのだという。

年賀状のやり取りが途絶えたことも、もともとお互いに出すのが遅い上に、
その頃『T』は、着た賀状へのみ送り返していたと言う。
僕のあまりにも遅い賀状(※http://minoru-iroiro2.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-7722.html参照)に出すタイミングを失ったということだった。

僕はその言葉に感謝し、宴は現代と高校時代の間を行ったり来たりする。


                (つづく)

  

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